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岩井俊二監督「キリエのうた」

岩井俊二監督「キリエのうた」を鑑賞。ちょっとネタバレもありで感想。
https://kyrie-movie.com
路上ミュージシャンのキリエは、歌でしか声を出すことができない。しかしキリエの歌は、人を強烈に惹きつける個性があった。旧友だったイッコは、再会を期に彼女のマネージャーを買って出る。キリエの路上ライブと共に、キリエとイッコの過去が回顧される。キリエは本名・小塚路花。東日本大震災で家族を失うと共に、声も失った。キリエとは亡くなった姉の名前だった。イッコ=広澤真緒里は家庭の都合で大学進学を諦めて、家を飛び出した。石巻、大阪、帯広、東京と舞台を転々とする流浪。歌を紡ぎながら、路花は彼女を慈しみ憐れむ好意と、出会って離れてを繰り返す。
 出演はキリエ=路花にアイナ・ジ・エンド、路花の姉のフィアンセである潮見夏彦に松村北斗、キリエの親友である広澤真緒里=イッコに広瀬すず、孤児の路花を守ろうとする教師・寺石風美に黒木華。錚々たるメンバーに、樋口真嗣監督まで出演していたのは笑えた。なんと3時間の長尺大作。岩井俊二監督の作品は、全部とは言わないが、ほとんど観ている。その透明感が好き。そして感性が少女チック。だから観客も女性中心。最も好きな作品は「スワロウテイル」(この作品はあまり少女チックではなかった)。
 「キリエのうた」は「音楽映画」と冠されているだけあって、主演のアイナ・ジ・エンドの魅力を前面に打ち出した作品。6人組女性バンド「BiSH」(解散)のメインヴォーカル。ハスキーな声は、過去の岩井俊二監督作品で活躍したCHARAを想起させる。それでいてダルで切ない唄声はSalyuを彷彿させる。音楽プロデューサーは、やっぱり小林武史だ。アイナ・ジ・エンドの存在が、インスピレーションとなった作品だろう。音楽プロデューサー・根岸凡(北村有起哉)に無茶振りされて、カフェでキリエが決然と歌うシーンには鳥肌が立った。
 キリエの歌に共振して、ストーリーに関係なく、ずっと泣きっ放しだった。そこにはキリエ=路花の辛い思いが滲み出していたから。子供の背負った不幸と理不尽には、切歯扼腕である。ましてや岩井俊二監督自身の出身地(だから「花は咲く」の作詞者)である東日本大震災を、作品の中核に描いている。路花の保護者となった潮見夏彦に、岩井俊二監督は自らを投影していたのではないだろうか。キリエの家がクリスチャンだったこと。路花の名前は聖書のルカを標榜している。「キリエ」とはギリシャ語で「主よ」を意味している。キリエの歩んだ人生は、東日本大震災という受難からの、キリエの起こす奇蹟。クライマックスの路上バンドライブは、歌が世界を変えていった時代へのオマージュだったのだろうか。最初と最後のシーンに、いかにも岩井俊二監督的な情景がある。そこを撮りたかったから故の映画だそうだ。
 映画館に来ると、様々な映画の予告編が流されている。『あれも観たい』『これも観たい」と思うが、結局は忙しさに流されて、保守的な選択しかできない。それでも死線を守ることによって、今日のような感動を受け取れることに感謝。


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