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タシュラー「国語教師」

ユーディト・W・タシュラー作・浅井晶子訳「国語教師」(集英社)。友人に薦められて「積ん読」になっていた本。誰だったかは忘れてしまった。それを改めて読んでみる。
 作家のクサヴァー・ザントは、オーストリアのティロル州教育省の企画した、学生相手の創作ワークショップに招かれる。派遣先に決まった、インスブルックにある中高一貫教育の「聖ウルスラ女子ギムナジウム」。その窓口は16年前に別離した恋人であったマティルダ・カミンスキーであった。彼女はそこで国語と英語を教えている教師だった。売れない作家だったザントを、マティルダは精神的にも、経済的にも、肉体的にも、16年間も支え続けた。二人で共作した「天使シリーズ三部作」が彼の名前だけで大ヒットした。ある日ザントは、突然マティルダとの共同生活から姿を消した。しかも直後にザントは、大富豪のホテルオーナーの娘のデニーゼと結婚。マティルダを裏切ったのだ。ザントとデニーゼとの間に生まれた息子・1歳半のヤーコプが失踪して行方不明になった。このことで、夫婦の間は決裂して離婚に至った。ザントはマティルダにメールを出して、彼女の近況を熱心に訊ねる。今になって自分を本当に愛してくれていたのは、マティルダだけだったのだと悟ったからだった。二人はインスブルックで会うまでに、何度もメールを交わした。自らを捨てたザントに説明と懺悔を求めるマティルダ。楽しかった同棲生活の思い出ばかり掘り返すザント。
 最初は別れ話の蒸し返しを、メールのやりとりを読まされているようでウンザリした。しかし物語の体裁が、お互いのその後の境遇を創作して披露し合う展開に切り替わってからは、いつも間にか物語に没入し始めた。16年ぶりの再会を前にした男女の気持ちのすれ違いが、ヤーコプ誘拐事件を巡るミステリーと化す。そして真実が明らかになるに連れて、お互いの奥深い心情が明らかとなる。エンディングは、マティルダの教え子の書いた、創作ワークショップの一文。第三者である澄んだ目から語られる愛は、慟哭の呻きなしには読み得ない物語である。
https://books.shueisha.co.jp/items/contents.html?isbn=978-4-08-773498-0

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