ムナーリのデザイン・アルゴリズム みんながデザイナーになれるように
私はイタリアでデザインを学び、プロダクトデザイナーとしての経験を積み、現在はIDLでデザインエンジニアリングに取り組んでいます。イタリアのアーティストでありデザイナー、ブルーノ・ムナーリのデザインアプローチは、私がデザインプロセスを理解するための最初の足がかりのひとつであり、当時驚きをもって受け止めていました。そして、それはおよそ40年前の手法でありながら、なんと現在のデザインシーンにも応用可能です。誰でもクリエイティブになれるデザインの基礎知識として、この手法をみなさんにご紹介します。
誰もがデザイナーのように問題を解決できる
このNoteブログに初めて投稿するにあたり、私のデザインの旅のランドマークのひとつである、イタリアンデザインのアプローチ、つまり「la progettazione Italiana」に魅了された最初の頃を振り返ってみることにしました。
それは、私がイタリア大学で勉強し始めた頃のことです。親愛なるイタリア人の友人が、私の心の中に特別な位置を占めることになる一冊の本をプレゼントしてくれたのです。ブルーノ・ムナーリの『Da Cosa Nasce Cosa』、日本語版『モノからモノが生まれる』です。
ムナーリ(1907-1998)は、ダブルダイヤモンド法やデザイン思考よりもずっと前から、方法論を与えられれば、創造性は誰にでも手の届くところにあると信じていました。正しいツールを与えられれば、誰もがデザインできる、誰もが「クリエイティブ」になれると信じていたのです。彼の著書では、彼のデザイン方法論が段階的に説明されています。デザインやデザイン思考を学ぶ人、あるいは創造的に解決すべき問題を抱えている人にとって、素晴らしい出発点となるでしょう。
「創造性は、方法のない即興ではない」
1981年に出版されたムナーリの手法は、様々な事例やデザインプロジェクトの中で使われ、進化してきました。ふだんデザインエンジニアとして設計に取り組んでいる私にとっても、頭の中のコンパスとして今でも参照しています。
これからデザインを通じて課題を解決したい方にもきっと参考になると思うので、その方法をご紹介しましょう。
ムナーリの方法は次のようなものです(イタリア語 / 日本語)。
1. Problema / 問題
2. Componenti del Problema / 問題の定義
3. Definizione del Problema / 問題の構成要素
4. Raccolta dati / 調査・データ収集
5. Analisi dei dati / 調査の合理化/データの分析
6. Creatività / 創造性
7. Materiali e tecnologie / 素材・技術
8. Sperimentazione / エクスペリメント
9. Modello / プロトタイピング
10. Verifica / テスト
11. Disegni costruttivi / 技術図面
12. Soluzioni / ソリューション
このプロセスは、問題の大小にかかわらず、あらゆる問題に適用できます。新しい仕事場のインテリアの計画から、最先端のアプリの制作まで。
私はいつも、プロジェクトをスタートするときなどに、このアプローチのことが頭をよぎります。デザインワークだけではなく、生活のなかでもクリエイティビティを活かすシーンがあるはずです。そんなとき、みなさんもぜひ覚えて、使ってみてください。
問題を読み解き、クリエイティビティの深みを目指す
では、その手順を詳しくご紹介しましょう。
1. 問題
問題とは、多くのプロジェクトの始まりです。
それは、機能的な問題であったり、人間工学的な問題であったり、あるいは感情的な問題であったりします。例えば、難しい技術に人々がアクセスできるようにしたいとか、革新的なデバイスのモニターをデザインしたいとか、より感情を意識した製品を作りたいとか、そういったことです。この段階を「デザインの機会」と言い換えることで、問題を超えてその領域を広げることができます。例えば、新しい技術が利用可能になること自体がチャンスであり、それがプロジェクトの出発点になることもあります。
2. 問題定義
私が思うに、ここがプロジェクトの重要なポイントです。
デザイナーは、解決策を提案したり考えたりすることなく、一歩下がって問題を定義しなければなりません。これは難しいことですが、その価値はあります。
デザイン思考を提唱したイギリスのデザイン研究者、ブルース・アーチャーは『システマティックデザイン・メソッド』の中で、「多くのデザイナーは、問題はクライアントによって十分に定義されていると信じている。しかし、これではほとんど不十分である」 と述べています。
私たちは、クライアントと協力してよりよい問題を定義し、より効果的な(そして予想外の)ソリューションを導くために、質の高いブリーフィングの開催に努めています。
スティーブ・ジョブズも、 「問題を正しく定義すれば、ほぼ解決策が得られる」と述べています。
“If you define the problem correctly, you almost have the solution.”
Steve Jobs
3. 問題の構成要素
ムナーリはここで、問題を構成要素に「分解」することを提案しています。問題を小さく分割することで、より簡単に解決できるようになります。これは、フランスの哲学者・デカルトが唱えた「問題を簡単に解けるようになるまで、多くの小さなパーツに分割する」ことにヒントを得ています。
このプロセスは、私たちのプロジェクトの多くがそうであるように、製品がより複雑になり、デザインシステムからデジタル、フィジカル、そしてサービスエコシステム全体にまで及ぶようになると、ますます重要になってきます。どんな小さな問題にも、他とは対照的な最適解があります。デザイナーの腕の見せ所は、それぞれの解決策をプロジェクト全体の中で調和させる能力です。
4. 調査・データ収集
ここでムナーリは、市場、競合他社、部品、既存のソリューションなどを調査することを提案しています。
これは非常に重要なことですが、私はムナーリのアプローチは、新しい製品やサービスを発明するような真の意味での革新的なプロジェクトではなく、既存のものを少しずつ改良するだけのプロジェクトに最も適していると考えています。
その場合、調査は並行市場、製品のエコシステム、新しいトレンドなど、より多くの「横」のトピックに及ぶべきです。また、製品一辺倒にならないように、プロジェクトの初期段階では、さまざまなユーザーを巻き込んで "女神 "のような役割を果たしてもらい、洞察力を高め、結果的にインスピレーションを得ることが大切です。このように、データ収集よりも、より深く、より意味のある360度調査を行うことをお勧めします。
5. 調査の合理化/データ分析
このステップでは、デザイナーが一歩下がって、収集したすべてのデータを分析して、有用な情報に変換する必要があります。貴重な視点を得るという意味で、私はこれを「インサイトの蒸留」と呼んでいます。インサイトとは、調査段階で学んだ予想外のことで、プロジェクト全体の方向性を形作ることができます。
インサイトはしばしば次のような質問に答えます。
・同じような問題を解決するためのベストプラクティスは何か?
・これまで業界で見過ごされてきたことは何か?
6. 創造性
ムナーリは「アイデア」ではなく「クリエイティビティ」という言葉を使います。
デザイナーがプロジェクトの技術的/合理的な側面のみを考慮したソリューションを提案したり、現実に即していないかもしれない「アイデア」だけの提案は避けるべき、という意味の表現です。
私自身は、プロジェクトの技術的な制約だけでなく、ユーザーの感情的な経験も考慮に入れて、ファジーな喜びの感覚を生み出すことを目指したいと思っています。
7. 素材と技術
クリエイティブなソリューションが提案されたら、最適な素材や製造技術を考えることを提案しています。
8. 実験をする
デザイナーは、既存の素材や伝統的な素材を使って実験するだけでなく、革新的な素材や技術を生み出すことにも挑戦実験する必要があります。実験自体は、知識を使って新しい解決策にたどり着き、視野を広げることにつながります。
9. プロトタイプ
サンプルやプロトタイプは、実験の結果として生み出されるものです。その都度、ソリューションが洗練されていきます。この段階は、より早く結果を出すため(時には失敗するため)に必要な、次のステップへの器となる重要な段階であることを強調したいと思います。
10. テスト
最も魅力的なプロトタイプを、一部のユーザーに提示することを指します。デザイン業界では、これをバリデーションテストと呼んでいます。
否定的な意見も肯定的な意見も、すべてのフィードバックを受け入れることが、意味のあるイノベーションを生み出す鍵となります。セッションを撮影したり、記録したりすることは、ユーザーの反応を参照するのに非常に有効です。
デザイナーは、最適なデザインソリューションに到達するために、ステップ7と10の間を流動的に移動し、反復する必要があります。
11. テクニカルドローイング
ここでムナーリは、デザイナーはデザインをメーカー用の技術図面に「翻訳」しなければならないと説明しています。図面は、コミュニケーションにギャップがないように、さまざまな関係者間でコミュニケーションをとるための世界共通の言語です。 また、精度を確認し、潜在的な製造上の失敗を回避するための重要なステップでもあります。
私が所属するIDLでは、技術的な図面、美的・機能的なプロトタイプ、ユーザーとのインタラクションを示すビデオなど、さまざまな方法で製品のビジョンをクライアントに伝えています。製品にデジタル要素がある場合は、ワイヤーフレームやアプリのモックアップを作成することもあります。
12.ソリューション
完成したソリューションは、すべてのステークホルダーに向けて発表されます。
以上が、ムナーリの基本的なアプローチです。
ムナーリは、生前「美しさは正しさの結果である」という日本のことわざをよく引用していました(Il bello è la conseguenza del giusto.)。そんな彼の創造性に対する姿勢は、今も刺激的で効果的だと思います。
ぜひみなさんも、ムナーリの教えを参考に、恐れることなく方法と規律をもってデザインの問題や新しい機会に取り組んでみてください。
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