episode.2後編 親友の元彼が彼氏になった時の話
こちらはepisode.2の後編となります。
前編・中編が未読の方は、ぜひこちらからご覧くださいませ。
――
高校2年生の秋、親友の元彼であるマサハル君と某夢の国でデートをすることになった。
私がデートを承諾すると、マサハル君は「ふふ、じゃあお洒落してかなきゃね」と粋な返しをくれた。
マサハル君はファッション好きで、事前の電話で「どういう服着てくる? それに合わせる」なんてことを言っていた。高校生の私には、そんな会話さえも新鮮でワクワクに繋がるものだった。
デート当日。 私は待ち合わせの駅で、ものすごくソワソワしていた。
これまでに二度しか会ったこと無いし(それもほんの挨拶程度)、ほとんど毎晩電話していたとは言え、間にミナミがいない状態で直接話すことなんてできるのだろうかと、急に不安に襲われたのだ。
(どんな顔してたっけ。なんだかスマートなイケメンだったことは覚えてる)
なんでデートなんてOKしちゃったんだ。どう考えたって気まずいじゃないか。もしこれでいい感じになっちゃったらどうするんだ。親友の元彼と付き合うことになった~なんて周りに言えない。こんな状態で夢の国なんて楽しめるのだろうか……
半ば帰りたくなってきた私の頭上に、ここ最近で聞き慣れた声が降ってきた。
「やえ」
バッと顔を上げると、いつもミナミの横にあった笑顔が私に向けられていた。
うぉぉぉ、本物だ。本物のマサハル君だ。
「やえは背が低いからすぐわかった」
いきなりからかってきた。まぁ、それくらいの方が私も話しやすい。
あといつの間にか呼び捨て。不覚にもちょっとキュンとしてしまった。
「マサハル君も思ったより背が低いんだね」
「気にしてるんだからやめて」
「お互い様」
そんな調子で、デート初手はいい感じ?に始まったのだった。
園内に入ってから実に楽しい時間だった。
長い行列も話すことがたくさんあって退屈しないし、食の好みも合うからご飯で悩まない。アトラクションに乗るよりも、ショーを見たり散策して雰囲気を味わう方が好きなのも一緒。
今まで友人と何度か来たことがある夢の国であったが、一番私が楽しめるコースで回ってくれた。
私があれ食べたいというと「よし、行こう」と手を引いてくれた。マサハル君が興味深げに見ているものがあれば、彼が満足するまで付き合った。そのペースが心地よく、これ以上無いくらいに夢の国を満喫したのだった。
日が暮れた頃、パレードのためにわんさか集まった人たちで混雑してきた広場で、大きな声で泣く子供の声が響き渡っていた。
何事かと様子を見に行くと、小さな男の子が一人で泣きながらフラフラと歩き回っていた。周りに保護者がいる様子はない。恐らく迷子だろう。近くにいる大人たちは、遠巻きに見ているだけだ。私も一度は通り過ぎたのだが、居ても立っても居られず、振り返って男の子の元へ向かった。
私は男の前にしゃがみ込み、声をかけた。
「今日は誰と来たの?」
「……! マーマ! パーパー!」
いきなり知らない人に声をかけられ、一瞬怯んだ様子を見せたが、再び目に大粒の雫を溜め込み大きな声で泣いた。ふむ、ご両親と来たのか。
「お姉ちゃんと一緒にママとパパ探そっか」
そう言って手を差し出すと、おずおずと手を握ってくれた。
よし、これであとはご両親を探すか、従業員さんに引き渡せばいいかな、と考えていた時、男の子の反対側の手をマサハル君が握った。
「ママとパパは何色のお洋服着てるのかな」
「ママは白でぇ、パパは黄色ぉ」
私とマサハル君はお互いにうなずき合い、白い服と黄色い服のご夫婦を探し始めた。
15分程歩き回ったが、ご両親は見つからない。途中で歩き疲れてしまった男の子を抱き上げ、「あの人? あれは?」と優しい声で聞いているマサハル君が、頼もしく見えた。
更に数分後、男の子のご両親が見つかった。
お礼にチョコレートをいただき、二人でそれを食べながら見るパレードは、格別に美しく見えた。男の子と繋いでいた手は、今度はお互いを繋ぎ、冷たい夜風の中でも暖かく感じることができた。
帰りの電車。繋がれた手が離れることはなく、今もお互いの間で固く結ばれている。一日中歩き回った心地よい疲れがどっと押し寄せ、まぶたが重く感じられた時、マサハル君がぐっと私を引き寄せた。
「寝てもいいよ」
「寝ない。なんか、もったいないじゃん」
「なんだそれ」
お互いにクスクスと笑い合い、窓ガラスの向こうの高速で過ぎる夜景をただ見つめる。
「俺は今日、完全にやえに惚れた」
唐突な告白。驚いて彼の顔を見ると、ふいっと目をそらされた。頬が赤い。
「そ、それは本気? 本気のやつ?」
「冗談ではさすがにこんなこと言えない」
「私マサハル君の弱みにつけ込んだみたいになってない?」
「なってなくもないけど、ちゃんと好きになっちゃったんだから仕方ない」
「しがらみ多くない?」
「ミナミだけでしょ?」
「それはそうなんだけど」
「やえは? どうなの?」
今度はじっと見つめてきた。くっ……駆け引き上手だな。
「ミナミと仲悪くなったらどうしてくれるの」
「大丈夫でしょ。ミナミ、やえのこと大好きだし。で、俺のことどう思ってるの」
逃げ場がない。なんだかマサハル君の手のひらで泳がされている気分になる。けど、なんだかこれも悪くない。追い込み漁にかかった魚は、大人しく捕まることにする。
「そりゃあ……好きですよ」
今日一日で本当に好きになれた。何度も電話で話したけど、実際に会って同じ時間を過ごすと、マサハル君の仕草や気遣い、彼の周りに流れるゆっくりとした時間、全てに魅了されてしまった。
ねえミナミ、この人のどこが駄目だったの? この人を捨ててまで走った人はどれほど素晴らしい人なの。もうマサハル君はいらないと言うなら、私が好きになってもいいよね?
そうして私とマサハル君は恋人同士になった。
週明け、学校でミナミに会い、付き合い始めたことを伝えた。ミナミは一瞬驚いた顔をしたが、すぐに笑顔になった。
「ちょっとだけ複雑だけど、でも2人ともお似合いだと思う。幸せになってね」
マサハル君の言うように、ミナミはこのことを受け入れてくれた。そうなることは予想していたらしい。マサハル君にとって、私はタイプのど真ん中だと後から教えてくれた。それは知らなかったし、ちょっと恥ずかしいから知りたくなかった。
そこから約一年。私とマサハル君の恋人期間は続いた。たくさんデートして、お互いの好きなことを共有しあって、時々ミナミの話で盛り上がって、お互いの両親にも認知されていた。そして別々の道を歩き始めた。
マサハル君は海外へ行ってしまった。好きな服飾の道を極めるべく、海を渡ったのだ。
私はいい女ぶった。彼の夢を応援するため、潔く身を引く女を演じた。
遠距離恋愛なんてたぶん苦しくて無理だし、私はマサハル君に広い世界で伸び伸び生きて欲しかった。それだけは本心だ。
最後の日に、マサハル君は私を目一杯抱きしめた。
「やえのこと、好きになれてよかった」
「私も。マサハル君を好きになれてよかった」
帰ってきたら、また会おうね。
そう約束して、2人は別れた。
こうして、ちょっとドラマチックに始まった恋人達は、ちょっとドラマチックに離れたのだった。
2年後、一時帰国したとマサハル君から連絡があり、一緒にご飯を食べた。
向こうでの生活、新しくできた外国人の彼女、私の今の彼氏の話、お互いの近況報告をして、さっぱりと解散した。ほんの少し、名残惜しくもあった。
でもこれでよかった。マサハル君は自分の人生を生きている。もちろん、私も私の人生を楽しんでいる。ただ、お互いの人生のうちで、ともに過ごし愛し合った時間が、私達を大きく成長させたことは間違いない。
これが私の、大切でキレイな、美しい恋の思い出。
おしまい
――
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?