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特許明細書でandとorを訳す際にやりがちな初歩的なミス②

今回は、前回に引き続いて、特許翻訳者がやりがちな"and"と"or"の訳し方のミスについてまとめていきたいと思います。

前回の記事はこちら。


ありがちなミスの2つ目はずばり、「上位下位概念の構造になっていないのに、”及び”と”並びに”、”又は”と”若しくは”を併用してしまう」というものです。


わかりやすい例で言うと、以下のようなものです。

"This invention relates to a method for treating, reducing, or alleviating a disease or disorder, the method comprising …"


ここで、orが2回出てきていますが、この一方を「又は」、もう一方を「若しくは」と訳してしまうことが、初学者だとあるのではないかと思います。


これは間違いで、この例文の構造を紐解くと、

A method for treating a disease

A method for treating a disorder

A method for reducing a disease

A method for reducing a disorder

A method for alleviating a disease

A method for alleviating a disorder


の、6通りを一文にまとめていることが分かるはずです。

つまり、前半に出てくるtreat, reduce, alleviateと、disease, disorderはそれぞれ独立事象といいますか、たすき掛けで係っているわけです。


ですから、例文の参考日本語訳としては、

本発明は、”疾患又は障害を、処置、軽減、又は緩和する方法”であって、当該方法は、~を含む方法に関する

のようにするのが適切と言えます。

このようにすることで、
「疾患の処置」「疾患の軽減」「疾患の緩和」「障害の処置」「障害の軽減」「障害の緩和」という、6つの事象を全て等価に表現することができます。


上記の例は、あくまで分かりやすいように動作の表現と、指示対象を全て一語で表現しましたが、実際の特許明細書だと、動作表現も、指示対象も、もっと長い表現になることが多いですし、それぞれの指示対象に修飾が加えられて、文章の構造が複雑になる、ということも往々にしてあります。


上記の例文だとさすがに間違える人は多くはないのかもしれませんが、文章が複雑で長くなると、法令用語の知識は持っているのに、正確な読解ができずにきちんと訳文で表現できない、ということが起こりかねません。


ところで、これは私の所感なのですが、「及び」「又は」の法令用語の知識の説明で、多くの書籍や法律事務所などのHPで解説される、列挙される文例は、あくまで法律の条文だったり省令が多いように思います。

そして、これらの条文や省令は、まだ比較的読みやすいようにできているのではないか、と思います。

特許関係で言うと、特許法十七条の二などは、条文の中でも構造が複雑になっていますが、それでもまだ、バイオ化学系の特許明細書で出くわす、長くて複雑な文章と比較すると読みやすいのではないか、とすら思います。


これは恐らくですが、(あくまで法学の素人の一意見ですが)法律の条文というのは、法律・法学のプロが、きちんとその文法・お作法を理解した上で書かれているので、読解する側も、同じ文法だったりお作法を押さえれば、正確に、一義的に理解できるようになっているのだと思います。


一方で、特許明細書、というよりも英文特許明細書に関して言うと、そもそも英語には、andとorを、3つ以上の階層を表すさいに使い分ける、なんていうルールはありませんから、日本の法令用語とは違った文法・お作法で書かれていることになります。


それを、(法学的な)文法が異なる日本語に訳すとなると、条文などを起草あるいは読解する場合とは異なる思考・読解プロセスが必要になるわけで、そのような高度な能力が特許翻訳者(あるいは弁理士)に求められるのは、ある意味酷、別の意味ではプロ冥利に尽きるものなのかな、とも思うわけです。


そもそも、法学的な言葉の用法が違う中で、英語原文の記載を厳密に日本語で表現する、というのも、簡単なことではありません。


これもやや蛇足というか余談になってしまいますが、英語明細書原文で複雑かつ長い一文がある場合に、日本語のルール「3つ以上の階層を表現する場合、最上位同士の繋がりには”並び”にを用い、それ以外の繋がりには全て”及び”を用いる」をそのまま適用すると、長い文章の中で複数回「及び」あるいは「又は」が出てきたときに、最上位階層以外の繋がり(階層の等価性)がどうなっているのか、というのが、分かりづらいことがあるように感じることもしばしばあります。


当然、翻訳をする際には階層の高低を整理しながら適切な訳出を行うわけですが、原文との対比がない状態で、訳文だけをざっくり読んだときに、階層の整理に時間が掛かってしまうこともよくあることだと思います(自分の訳文を、数日後に見直すときにも、頭を空っぽの状態で読み直すと分かりづらい、と思うことがあります)。


こういう場合に、やや乱暴な言い方になってしまいますが、「あるいは」のような、法令用語で定められていない表現を用いるのも1つの手なのかな、と思いはします。例えば、


An example of the method disclosed herein include
(a) AAAing …
(b) BBBing…
(c) CCCing…
or
(d) DDDing …

のような記載があって、各構成要素(…以下の部分)が長文かつ複雑で、複数の階層をorで繋いでいるような場合に、太字のorを「又は」と訳すためだけに、各構成要素の詳しい説明を、全て「若しくは」で繋いでしまうと、読みづらい場合が起こり得ます。

あるいは、「特許明細書でandとorを訳す際にやりがちな初歩的なミス①」でも書いたように、ある箇所だと「A又はB」と表現できるのだけれど、別の箇所だと「A若しくはB、又はC若しくはD」という表現になってしまい、逐一訳し分けが大変、という場合だってあり得ます。

特に、上記のような、複雑で長い文章が、ある箇所(実施形態の列挙)では、(a)だけ、(b)だけ、(c)だけ、をそれぞれ別の実施形態で開示する、という場合もあり得るわけで、そういうときに、個別の実施例で「又は」と「若しくは」の記載を分けて、かつ、(a), (b), (c), or (d)という表現が出てきたときに、「又は」を「若しくは」と表現し直すのが手間、ということもあり得ます。


こういう場合には、上記のようなときに、
(a)
(b)
(c)
あるいは、
(d)

のように、構成要素どうしを繋ぐ場合には「あるいは」を使うようにする、というのは、(法律文書としての特許明細書としてどうなのか、という議論の余地は十分にありますが)翻訳実務のヒントとしては、一考の余地があるのではないかと思います。

(他にも例えば、化合物の化学式が記載され、式中のA1, A2, A3, …の官能基の例が延々と書かれる中で、「B4は、…から選択される、or、B5と一緒に縮合環を形成する」のように、変則的にorが出てくる場合にも使えるのかと思います)。


これはあくまで、翻訳者としての意見なので、出願以降のプロセスも見据えての訳出対応としては良くないのかもしれませんが、言いたかったことを端的にまとめると、日本の法令で定められた法令用語の規則に律儀に則って英文明細書を訳すと、可読性がおちる場合があるので、場合によりますが臨機応変に対応してもいいのではないか、ということです。


前提として、法令用語の基礎理解が十分できていることが必須ですが、その上で、この規則にがんじがらめに縛られずに、読みやすい訳出を考えるのは、翻訳者の役割として間違ってはいないのではないかと思います。

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