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【小説】私という存在 #9 大学入学

自己承認への強い依存を抱えて受験に臨み、一つのことに集中する特技を生かして受験勉強に打ち勝ち、第一志望ではないものの大学へと進む。

節目ごとにいろいろなものをリセットし、常に新しい環境に身を置くことを好んでいた章大はこの時も胸膨らんでいた。

誰も自分を知っている人がいない

そんな、ある種の快感に似た恐怖心を抱えながら大学の門をたたく。もちろんうまくいく保証は全くない。

母も無職
家には貯金なし
姉も大学生

そんな中で、あまり不安を抱えず臨んだオリエンテーション。

学費免除申請
奨学金申請

この二つは絶対だった。もしこの二つが通らなかったら、大学にはいられない。様々な事務手続きを終えながら初めての物理学科での授業。全員が集まり

「これがクラスメイトか」

全員が天才に見える。まずい。気持ちで負けてる。

そんなことを心でささやきながら授業を受けていると

「ねぇねぇ、これってここでいいのかな?」

隣の子が訪ねてきた。

「そうそう、俺もわかんない」
「これってこうだよ」

三人が一気に話しかけてきた。みんなきっと僕みたいな奇妙な恐怖心抱えてたんだ。。

授業が終わった後、

「ありがとう山本です」
「鈴木です、よろしく」
「小笠原って言います」

全員で自己紹介。何か安心したと同時に妙な快感もなくなっていった。

理学部棟を出て山本が一言

「これからみんなどこ行くの?」

そう聞くと章大は

「部活見に行くよ、吹奏楽部入りたくて…」

それを聞いた全員が

「えっ…??」

確かにそうだ。今では男も参加する部活だが、章大の時代ではまだ女性の方が多かった。その時

「俺も!」

三人全員が突然笑いながら叫んだ。偶然授業で章大の左・右・前に座っていた三人が章大と同じ吹奏楽部希望だったんだ。

こんな奇跡あるのかと、今映っている光景を疑うことしかできなかった。この頭を殴られたような衝撃が今後この四人の大学生活を有意義なものにしてくれた。今でこそ会うことはできないが、理念を分かち合った親友であると思っている。

そのまま全員が音楽練習室へ向かうと、今にも壊れそうな掘っ立て小屋が一つ。

「まさかここで?」

そう、吹奏楽部はお金もなく場所もない。強豪でもないためまともな練習場所がもらえなかった。

章大が部室に行くと忙しそうに3回生が入部の見学の手続きをしていた。見学が入りきらないので二階に分ける。

「どうする?」

小笠原がつぶやく。

「俺は入るよ。」

山本と佐藤は揺るがなかった。

「僕は新入生歓迎演奏会を見てから」

章大はそう言ってその日は帰った。


新入生歓迎演奏会当日

全員が集まると、会場には立ち見まで発生していた。運よく席についた章大は大編成バンドの圧倒的な迫力に度肝を抜かれることになる。

「絶対ここで演奏したい」

自分で心からやりたいと願ったことだった。

そして即日入部届を記入してめでたく入部。ところが…希望パートの人数が折り合わず、章大の希望していたパーカッションはオーディションで決めることとなった。この時、小笠原もパーカッション希望で、一緒にできると信じていた。

しかし結果は、私ともう一人の女の子だけが合格。小笠原は触ったこともないファゴットになった。このことが実は、32歳で再開するまで彼と章大の間の”しこり”となっていた。

大学で本格的な部活に所属できたことは、今の生活に役に立っている。仕事における様々な組織編制やガバナンスを構築する際に人にはない発想ができる。本当に感謝している。

またボランティア活動がほとんどだったため

人の役に立てる喜び
人の笑顔で自分が元気になる

そんな感情が湧き、幸せな気持ちになれることが尊いことだ。

これからたくさんの感動と恋愛、人間関係を経験しながら成長していくんだと心躍るスタートを切った。

そう…あの悲劇的な絶望的な失態を犯すまで・・・

続く



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