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いつ会っても昔のままでいられる友人たち
「変わってないね。」
「そう?」
という会話がなされるとき、そう?と言っている側には大抵変化が訪れている。
相手は変わってないかもしれないが、自分はいい意味でも悪い意味でも変わってしまった。そんな気分になってついつい出てしまう「そう?」は、実はパンチが効いている言葉だ。
もちろん、本当にお互い「変わってないね」と言い合える仲もある。でもそれは自分も相手も変わっている間柄だからこそ言えるのではないかと思う。
どういうことか?
それは環境は違えども同じだけの数の階段を登っていて、お互いの高さは変わっていないことを無意識のうちに確認する「変わってないね」だ。感覚的には先ほどのすれ違いと変わらない温度で言っているけれども、中身は全然違う。
僕の場合でいうと、階段を登るとは結婚、出産、転職、移住、立場などの環境の変化であることが多くて、変わらないねと言える友人たちはその変化の数が似ていることが多い。
例えば、僕はこの3年で転職し、結婚し、職を変えた。
この前数年ぶりにあった彼は、友人から後輩になり、旅人になり、海外を放浪している。
人生のステージが変わっても仲良い彼は、結婚し、社長になり、子供が生まれた。
前職の同期は、転職し、海外移住し、東京に戻ってきて起業した。
たまたまと言えばそれまでかもしれないが、10年前と同じような接し方や空気感でいられるのは、同じ変化数を辿っているという暗黙の了解がそこにはある。
だから貴重な存在として、お互いを認め合えるのだと思う。
こういう友人は、頑張って増やそうにも増やせない。それはお互いの変数が一緒でないといけないので、ある意味運任せだからだ。
だからこれから変化が訪れたら、また階段の高さが変わる。そうして一次的に疎遠になるときもあるだろうし、また近づくこともあるだろう。それを繰り返していくと思う。
それでもそういう存在だったということは僕は忘れないし、ずっと大切な友人に変わりはない。
以上が僕にとって「いつ会っても昔のままでいられる友人たち」の正体だ。10年後にまた「変わらないね」と言えるといいな。とても楽しみだ。
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