Day1- 交渉

 まさかの急性盲腸炎? 想像だにしなかった結果に戸惑い、このまま飛行機に乗って帰国していいものか悩む。
 盲腸炎の恐ろしさは知らない。薬でちらす。酷かったら麻酔してチョンと切る。オナラが出たらハイ退院。それくらいの知識だ。だが、通訳Aさんからの話は深刻だった。
「急性なのでいつ破裂するか分からない。最悪死に至る。」
 それを聞いて暗澹たる気持ちになる。言葉は通じない異国の地。我慢したら最悪は死。どうしたらいいのだろう。しかし、体の方は早く治ってほしいと、痛みを伴って訴える。何でもいいから楽にしてほしい。

 医師は口を開く。
「君は二十歳を越えた大人だ。自分で決めなさい。手術をするのか、しないで日本へ帰るか。ただこのままの状態では、破裂して死ぬ可能性もある。」
 言葉の通じないイタリア で緊急手術をするよりも、日本の方が安心である。このまま我慢して帰国の途へつけば、途中で容態が急変し、死ぬかもしれない。さてどうする?
 また医師からは「手術するには金がかかるが大丈夫か?」とのこと。手術前に手術費や治療費など諸費用の支払い見通しが立たないといけない。その準備はあるか?と。現在のようにクレジットカードがまだ日常ではない。大金となりそうな現金は持ち合わせていない。さてこれまたどうするか。
 残された道は、海外傷害保険である。私は連絡できる状況ではないため、Aさんの指示のもと、妹が保険会社の現地事務所と連絡を取る。決して安くはない海外携帯電話だが、このときは速やかに連絡が出来て頼もしい存在であった。

 余談だが、この経緯はあやふやな部分がある。私は医師から選択を迫られたのは「手術するなら金を払え。金が無ければ病院から出て行け」だったと記憶していたのだが、この回想録を執筆するにあたり妹へ聞いてみると、
「医師は手術するのかしないのかを問い、費用に関しては病院から通訳Aさん、私達へと伝言する形で、保険会社と交渉してほしいとのことだった。」
 意識が朦朧とした私と、しっかりしている妹と齟齬があるのは仕方ない。

「とにかく何でもいいから楽にしてほしい…」
 私はAさんの通訳を介して、そう日本語で伝えたと思う。医者は「OK」と、手術の準備にとりかかる。肝心の費用については、私の容態とこの非常時を考慮して、手術費などの諸経費を保険金でカバーすることとなった。
 手術費用も無事に調達でき、医者は保険会社と通話している。何を言っているのか分からなかったが、私の症状や費用面のことであろうか。私は再び病室で横になった。これで安心して手術を受けられるのだ。

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