Day1-起床

 どれぐらい長い暗闇だっただろうか。"左隣のマリア様"による指パッチンのあと真っ暗となり、やがて水面へと浮かび上がるかのように薄っすらと視界が明るくなって目が覚めた。全身麻酔はかなり効いていたらしい。
 ふと目を覚ますと、仰向けに寝ている。見知らぬ天井だなと思ったら、そこは先ほどの病室だった。と、視界に見知らぬお爺さんが2人現れた。(誰だろうか? 親戚にこんな人が居たか?)いや、ここはヴェネツィアである。親戚などいない。第一にこの2人の老人はイタリア人である。
「誰?」
 私は老人達に問う。2人を何処かで見たことがある。そうだ、"紅の豚"で給油するシーン、アドリア海の小島にある商店でポルコロッソにタバコを貰う2人の老人に似ているのだ。
「Ciao! Ciao! buono!」
 2人は破顔し、皺くちゃの笑顔で私に声をかける。何か言っているが、よく分からない。全身麻酔から目覚めた頭では理解が追いつかず、まだ(親戚や知り合いにイタリア人の爺さんが居たかなぁ。)などと寝ぼけている。
 これも後から聞いた話では、2人の老人は隣のベッドに寝ている中年の知人で、遠い日本から来た少年が盲腸の手術をしたので、心配になって寄り添っていたのだそうだ。
 なんと人情深いのだろう。それを聞いたときは、こんな言葉のわからない東洋人のために付き添ってくれ、感謝しきれないほど嬉しかった。とくに、あの手術前での扱われ方を体験したあとではなおさらだ。

 見知らぬ老人に見守られながら目を覚まし、生きていることを実感した。手術は無事だったのか。全身麻酔では記憶もないが、下腹部右側にはそこそこ血痕がこびれついたままのガーゼが仰々しく貼られていた。
 術後の患部はこのような状態なのだろうか。血痕が生々しい。再び眠くなる。隣のベッドにいる老人に挨拶したかどうか忘れたが、私はまた深い眠りに就いた。

 こうして、長い長い一日目が終わったのである。

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