自宅待機でもたくさん人に会っていた

思いがけず人に出会う4月だった。

人より3年遅れたものの新卒として出版社に入った。本来、本屋研修や工場見学といった新人研修を経て六月上旬に編集部配属となる予定だったらしい。しかし新型コロナウイルスの蔓延によりほとんどの研修が中止となり、やることがないからと入社5日目には配属が言い渡された。

編集とは人と会う仕事だといわれる。週刊誌と分類される雑誌の編集部に僕はいるから特にそうだと思う。ただこの状況下では残念ながら人と会うことは難しい。リモートでの取材・会議への移行で諸先輩方にも余裕があるわけではなさそうだったから、平時での仕事のやり方すらわからない新人はしばらく放っておかれるだろうと思っていた。しかし、すごく親切な職場なのだと思う。とにかく仕事は任された。

ある電気科学研究者への取材企画を見よう見まねで提出したところ、意外にも編集長のゴーサインがでた。初めてのことで嬉しかったからその研究者の著作を読み漁ってすぐ企画を詰めていった。しかし、質問内容を精査するところまできて突然その企画が面白くなくなってしまった。僕が予想できる範囲でしかテーマを転がせていないように思えたのだ。勿論、僕の発想力が足りていないのが問題なのだけど、それでも何とか納得のできる形にしなくてはならない。そんなとき、ふと大学時代の演劇仲間の1人に電話してみようと思った。

彼の専門分野は全く知らない。ただ確か工学部に在籍していたはずだし、卒業するときに表彰されるくらいには優秀だった。だから彼に話を聞いてみようと思った。電話をかけて事情を話すと、それはもう聞いていてワクワクするようなアイデアを次から次へと彼は語ってくれた。少なくとも今の僕1人では思いつかないことだった。何より彼と電気化学について話す機会は編集の仕事がなければ一生なかったかもしれない。

編集とは人と会う仕事だというのは言い得て妙だ。そもそも人と会わない仕事なんてないとは思うのだけど、編集は人と改めて出会える仕事の1つだろう。既に出会った人とも、何度でも出会える。知らなかった一面を知ることができる。僕自身に飛び抜けた能力があるとは思わないけれど、僕の周りにはいろんな魅力を持った人が沢山いる。これは素晴らしい財産だとずっと思っていた。新型コロナウイルスが拡まって人と会えない今、編集という仕事を始めて、それをより強く実感している。

そういう意味で、思いがけず人に出会う4月だった。

ひと月に1本はここに文章を書こうと思っている。それはそのときどきで感じていることを整理した形で見返せるようにするため。また文章を書く練習をするためでもある。そして副産物として、僕と同じように新卒で編集の仕事に就く人たちや出版業界を目指す就活生が読んで何かを考えるきっかけになれば嬉しいと思っている。

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