私宛の手紙 〜ダイアローグのようなモノローグ〜

ーーどうやら最近元気がないあなた。
どうしてそんなに焦っているの?その胸の中に、一体何を抱えているのだろう?

自分のことなのにわからなかった。そしてこんな声すら聞こえてきた。

「だって、私は病気なのよ。それも治るかわからない病気なのよ!あなたに何がわかるというの?」

確かにそうだ。本人にしかわからない苦しみの渦中に、今まさにあなたはいるのだろう。

それでも私はあなたに笑っていてほしい。そう願いながら手紙を書き始めた……



うつむき加減のあなたへ

ーーなぜか最近うつむいてばかりのあなた。どうしたのだろう。

確かにあなたは数ヶ月前、全く歩けなかった。でも、今はほんの少しだけ、歩けるようになったのではないだろうか……

何やら反論の声が聞こえる。

「でも、それはあくまで『ほんの少し』でしょう?車椅子と酸素ボンベがなければ通院すらできないって、あなた想像できる?」

こんなことを言われてしまうと、同情のこもった目線で便箋の空欄を見つめるのが精一杯だ。



私は筆を進めることができなくなってしまった。しばらくの沈黙のうち、口を開いたのはあなたの方だった。

「いやよ、そんな目をしないで。だって、私は病気に負けないって、誓ったんですもの」

ようやくあなたらしい言葉が出てきたようだ。ほっと胸を撫でおろす。ペンを机に置いて、あなたの言葉に耳を澄ませる。



「確かに病気って辛いのよ。不自由なのよ。でも、だからと言って、不幸せとは限らないのよね」

そう言って遠くを見つめて微笑むあなた。思わず私は聞き返す。

ーー病気だからと言って、不幸せとは限らない?それって、どういうことなの?

「身体がたとえ自由に動かなくても、心まで縛られてしまうとは限らないということ」

あなたは少しはにかみながら、こんな本音を話してくれた。

「でも頭ではわかっていてもね、時々、真っ暗闇に置き去りにされたような、そんな淋しさが襲ってくるのよ」

ーーその先をどうか聞かせて……
私は椅子の背もたれに身を預けた。



「周りのみんなは、どんどん広い世界へと羽ばたいていく。私だけ身も心も海底の中に沈んでいるようよ」

ーーそれはそうだろう。現にあなたはほとんど家から出ることができないのだから。

「でもね、私は海底の中にも光輝くものがあることを知ったのよ」

あなたの黒い瞳が、さっきまでとは別人のような色を浮かべる。私まで思わず前のめりになってあなたの声に耳を傾けていた。



「海底の中に沈められているようなだるさの中でも、まるで身体が引きちぎれてしまうような痛みの中でも、生きることができると、ようやくわかりかけてきた。そしてどんなに身体が辛くても、心だけは私でいられるということを初めて知ったの」

あなたはここで一呼吸置く。

「強い信念さえあれば、たとえどんなに辛い状況でも、心の中に煌めきをもてるのではないかしら……私は病気になってから、たくさんの光を見つけてきたの。季節の移ろいの美しさ、朝焼けの眩しさ、夕焼けの神々しさ、そしてまた日が昇る喜びをね」



「人生に不可能なんてないって、信じているの。未来を見据えて、じっと雨宿りしていれば、きっと風向きが変わるはずよ。だから私は大丈夫。そんなに心配しないで」

そう言ってにっこり微笑むと、あなたの声は時計の針の中へと溶けていってしまった。



あなたに手紙を書き始めているうちに、不思議とあなたからお返事をもらってしまったようだけれど、私は今日もこのささやかな手紙に切手を貼る。

あなたの愛する空の写真を。

いつかあなたが大空へと羽ばたけることを願いながら……

「私」から『わたし』へ送る、小さな手紙。

いつか広い空に羽ばたける日が来ると信じて。

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