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2030年の日記

公衆衛生の観点から他人との接触はリアルで行わないのが、暗黙の了解、というかマナーになって久しい。
そもそもリアルという言葉自体が本質的とか本心とかって意味よりも、物質的という意味を帯びてしまっているし、そんなんだから最近では少しネガティブな言い回しだと感じるくらいだ。

昔よりかは都心から離れていても生活必需品とか趣味のものは家に届くようになっているし、家も広いし、一生かけても消費できないくらい世の中はコンテンツで溢れている。そういう意味では幸福な時代になっているのかもしれない。

ただ新しくて面白いものは減ってしまってるような気がする。過去のコンテンツが上手いこと編集されて楽しめてはいるものの、僕らの世代からすると、むしろ過去のコンテンツは仮想的というか、リアルじゃない。現実離れし過ぎててゲームみたいな感じがするものか肉体的すぎて引いちゃうものかどちらか極端な印象を受けてしまう。

それでも僕はギリギリ今みたいに敏感な社会になる前は都心で普通に生活していたので、そんなにアレルギーがあるわけでもないはずなのだが。

そんな世の中でもコンテンツの消費スタイルはそんなに昔と変わっていないように思う。テクノロジーが発展しているとは言え、肉体はあるもんだから食事はしなきゃいけないし、運動もしないと生きていけない。だから仮想現実とかもいまいち中途半端な感じで、やってる最中は没入しているので楽しいのだけれど、やめた途端にむしろ現実を意識させられて虚しささえある。
一部の世代ではそれが大きな社会問題になって規制をかけられるなんて話も出ているくらいだ。

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仕事はというと、基本的にみんな在宅で行うようになった。
というよりはそれが普通。
今のオフィスは一部の選ばれた人たちが利用するもので、
衛生や情報の管理が徹底されて、研究所のようなものになっている。僕だって出社してみたい。

オフィスに限らない話として、感染症は日本にグランドデザインをもたらした、なんて言われている。
人口が密集することを避けつつ持続可能な社会を作ることを目的に、
各都市の形を謂わば田園都市を目指し、日本全体でリデザインするよう、国家プロジェクトが動いたのだ。
都市の中心にはターミナルがあって、
ターミナルに隣接する形でオフィスや医療機関、あとは介護施設などがある、というのが昨今の都市の状況だ。

各都市は自分たちの土地が魅力的であって人を呼び続けるためにも、
画一的で人工的なものでなく、ある種理想的な田園都市を模索している。
だが、外(ソト)との接続‬を抑圧されている空気は未だにあるから、
自然とかってもので魅力付するのにはどこも苦心しているように見える。

僕はといえば結局外(ソト)には行かないで家にいることが多い。
今日も
顔を知らない人たちに向けて
顔を知らない人たちと協働している。

無菌室のような世の中で刺激が少なくなっている。
刺激があったら過敏に反応してしまう。
どんどん弱く/脆くなっている。
これはどうやったら良くなるのだろうか。

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