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続・ゴキブリ教授のエプロン10(詐欺に遭う方が悪いのか)

 NHK総合テレビ午後6時台の「首都圏ネットワーク」の中に“ストップ詐欺被害私達は騙されない”というコーナーがあり、ほぼ毎日放送されている。
 内容は、「オレオレ詐欺」に代表される特殊詐欺の様々な手口を紹介し、こういった詐欺にかからないよう気を付けましょう、というものだ。 
 その趣旨は理解できなくもない。だが、果たしてその実効性はどれほどあるのか。
 「オレオレ詐欺」にかかる人たちは、電話の詐欺犯の声を息子(あるいは娘、孫など、以下略)と信じるから相手の言いなりになる。そうした場合、詐欺の様々な手口の知識など役に立たないだろう。大事な息子の危難を救うためなら、何でも(自分の命を投げ出すことすら)やってのけるのが親というものなのだ。電話の声を息子と思い込んだ時点で、勝負は決していると言ってよい。
 近頃の特殊詐欺には、「オレオレ詐欺」のように家族を装ったもの以外に、官公庁の人員を装ったものなどもあり、十把ひとからげにはできないようだ。だが、それら官公庁の人員を装った詐欺の場合も、詐欺犯を本物と思い込んだ時点で勝負が決することに変わりはない。
 本物と思い込ませるのが詐欺犯の詐欺犯たるゆえんなのだから「本物と思い込まないように気を付けましょう」と言うのは、単に「詐欺に気を付けましょう」と言うのと大して変わらない。
 つまり、特殊詐欺のを手口をあれこれ知らしめて「手口を覚えて気を付けましょう」と啓発するだけで、特殊詐欺を防止できるとはとうてい思えないのである。
 では、どうすべきか、ひとつには電話機に付加機能を持たせることである。自治体の中には、ナンバーディスプレイや録音機能など迷惑電話防止機能を有する電話機に補助金を出したり、直接そうした電話機を貸し出しているところもあるという。これは有効であろう。
 もう一つは、電話番号を取っ替え引っ替えできるプリペイド方式の携帯電話の販売を禁止すること。それに加えて、一人で何台も携帯電話を買い込み、詐欺犯などに転売することを禁止すること。これも有効であろう。
「手口を覚えて気を付けましょう」より、上記のふたつの方が、はるかに実効性があるはずである。本当に特殊詐欺をなくしたいのなら、NHKは「気を付けましょう」と視聴者に呼びかけるにとどまらず、これら実効性のある政策を政府や自治体などに要求して見せねばならない。そして、そういう方向に世論をリードせねばならない。それこそ公共放送の重要な使命なのである。
「気を付けましょう」をほぼ毎日繰り返すことは、「詐欺にあうのは気を付けないからだ」という間違ったメッセージを視聴者に与えることにつながりかねない。これは、公共放送の使命を逸脱した、世論のミスリードに他ならない。
「AならばB」(気を付ければ詐欺に遭わない)という命題に対して、「BでないならばAでない」(詐欺に遭うのは気を付けないからだ)という命題を、対偶と言う。対偶関係にある二つの命題は、どちらかが正しければもう一方も必ず正しいことが知られている。
 NHKの件のコーナーは、無意識のうちにこういう対偶関係を背後にして、詐欺に遭う被害者の責任を問い、詐欺を取り締まるべき警察の責任をあいまいにしている可能性がある。
 もちろん「詐欺に気を付けましょう」は、厳密には「気を付ければ詐欺に遭わない」という意味ではない。あえて注釈するなら「気を付けても詐欺に遭うかも知れないとしても、気を付けるに越したことありませんよ」という意味であろう。
 だから、NHKが被害者に責任を転嫁しているとまで主張するつもりはない。
 とは言え、NHKの件のコーナーが実効性を欠いていることは否めないと思われてならない。
「気を付けましょう」で防止できる犯罪とそうでない犯罪がある。家中の鍵をすべてかけないで外出するとか、トートバッグなどから財布が丸見えとか、気を付けるに越したことはない。だが、「気を付けましょう」で強盗や殺人など凶悪犯罪に対抗できるとは思えない。
 そうした「気を付けましょう」で防げない犯罪を防止するのは、個人の手に余る。そのためにこそ警察があるのだ。
 NHKの件のコーナーは「警察の発表によれば」とか「警察の調査によれば」などという紹介から始まることが多い。初めから警察の側に立っており、警察を免責する姿勢を取っているのだ。
 特殊詐欺が一向に減らないのは、だまされる個人にのみ責任を帰すべき問題ではない。警察の責任を問わねばならないのだ。
(これが江戸時代なら、町奉行は御役御免であろう。)

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