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『マチネの終わりに』を読む

自宅から少し車を走らせたところに小ぢんまりとした造りのスターバックスコーヒーがある。最近はテイクアウトばかりだったので、久しぶりに店内へ。

人との距離を保ちながら皆思い思いに過ごしていた。私は二人用のテーブル席に腰かける。カップで手を温めながら、レジに並んでいる見知らぬ人のニット姿の背をぼんやりと見、何だかほっと一息ついた。おうち時間が増え、確実に寒くなっていく季節がそうさせるらしかった。

甘さ控えめで注文したキャラメルマキアートを飲みながら、文庫『マチネの終わりに』を開いた。毎回、本の序の部分をじっくり読む。はじめ自分でもなぜそうするのか分からなかった。ふと気づいて考えてみると、どうやら私は序の文面に、友人から話を聞いているようなリアルさを感じているらしかった。そして読むたびに、その話し手が思慮深く温かな眼差しを持っていると実感する。それを確かめてから、安心し、その世界のなかへ入っていきたいのだ。

夕刻が近づくにつれ、徐々に人が増えはじめた。数年前、義理の父が混雑しているのを見て「あんな狭い席じゃコーヒーも飲めない」と言っていたことを思い出す。義父は人混みが苦手だった。そんなことないでしょうと笑ったが、そう言う私も人混みは好きではない。それでも最近は、人の集まる場所につい足が向く。賑やかな場所に心ひかれる。保たねばならない人との距離が、逆に、心を外に向かわせるふしぎ。ちょっと煩わしいと思っていた人間関係も素直にありがたいと思える。コロナ禍の殺伐とした空気も、何かしら明るい兆しを秘めているかもしれない…そう思いながら本に栞をはさんだ。

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