ヘビークレーマー対策と、氏神参拝
これは、クレーム対応の仕事をしていた頃の話だ。
クレーム対応がメインの仕事、という訳ではなかったが、
お金を払ってくれないお客さんのところへ行って、
お金を払ってもらう。
雑に言うとそんな仕事をしていたことがあった。
顧客にサービスを提供して、対価を得る。
大体の仕事はそういう流れになっていると思うのだが、
対価を支払わない人が一定数いる。
根本的な理由は請求漏れだったりするのだが、
話がこじれていて、もう何年も支払が滞っているお客さんがいた。
会えば罵声を浴びせられる。脅しやすかしを巧みに使い、
全く支払おうとせず、法的な知識もあり警察沙汰にするのも難しい相手であり、当時もっとも頭を悩まされた案件だった。
請求書を投函してたことで、当人から電話がかかってきた。
滞納しているので、薄赤い色のはがきを送っていたのだが、
その色が気に入らなかったらしく、電話口で激高していた。
電話の後、上司は、
「どうにかしないといけないが、うちも悪い」
みたいなよくわからない事を言い出していた。
怒鳴られて腰が引けている。
部下は、何度か会ったことがあるらしく、絶対行きたくないという。
引き継ぎ書を読むと脅し文句が並び、丁寧に議事録にしていたので、
読む度に恐怖と不快感がせりあがってきた。
とはいえ担当になった以上、どうにか取り立てねばならない。
まずは顧問弁護士に相談し、対策を練る。
「こういう相手はね、説得は無理です。法的に詰めていくしかない。
捕まるのがわかっているから、暴力は振るって来ませんよ。
殴られたら逆にめっけもんかも知れませんよ。」
みたいなことを言われた。
殴られたらめっけもん、じゃないだろ。
行くのは俺なんだから。
『何とか話し合いで、いい感じになってお支払いしてもらいたいんですよね』
と俺が言うと、弁護士にせせら笑われた。
「無理無理!出来るわけがない。こういう手合いと仲良くなんてしてたら、
弱みに付け込まれるだけですよ!」
あざける様な表情に、屈辱感を受けたので、よく覚えている。
ともかく、会ってみないと話にならない。
嫌がる上司を無理やり引っ張って、クレーマー宅へ行く。
自宅兼事務所…いったい何の仕事をしているのかも謎の人物で、
ゴロツキのように見える建設作業員のような男数名が、
自宅の外で酒盛りをしていた。
最初誰がクレーマー本人かわからなかったが、
ゴロツキの一人が指さして教えてくれた。
ああ、この人か。
思ったより小柄だったが、怒りのオーラを纏っているような雰囲気だった。
ただ、オーラの絶対量が小さく見えた。
殴られたいわけではなかったが、
肘が当たるくらいの距離を詰め、話をした。
『私はお互いにいい感じになるために、支払って頂きたいんです』
みたいに言った。
「お前の言うようなそんな都合のいい話があるかっ」
と脅し文句と共に吐き捨てられた。
俺はビビっていたし、低姿勢だったが、
距離だけは詰めていた。
正中はこちらが保ち、相手の斜めから詰める。
口では詫びながら、前進。
向こうは怒りながら、後退。
俺は相手のパーソナルエリア、家族や恋人の距離まであえて近づいていた。
距離が恋人なのに、話は金の請求である。
相手の無意識は混乱していたはずだ。
「とにかく払うつもりはないッ!」
そのままバツが悪そうにクレーマーは遠くに離れた。
その日はそれで終わり。
別件で、見えない力の先生に、その話をWeb会議で相談してみた。
「名前を書いてください」
え?意味あるのかな。と思いつつ、紙に名前を書き、カメラ越しに見せる。
「…あ~、この人と上月さんは、相性悪いですね。」
「割引とか、交渉すれば興味を引けますよ」
「あと、お母さんに弱いです」
何で名前だけでそんなことがわかるんだろう。
一応聞いてみた。
「え?わかりますよ!フルネームがわかれば。
まぁ、あだ名とかでもわかりますけど」
そうなのか。どういう理屈かわからんけど、先生だけのことはある。
しかし…母親に頼むのは何だか現実的じゃない気がする。
割引は、一考の余地があるか。
それからクレーマーは何やかんやと理由を付けて会ってくれなくなった。
そのたびにホッとしたりもしたが、このままではらちが明かない。
休日に、プライベートでクレーマー宅の氏神様であろう神社に行った。
小さな神社だったが、強烈な圧があった。
クレーマー怖さの思い込みかもしれないが、こりゃ強そうだ。
御祭神は須佐之男命だ。
酒を捧げて、祝詞を奏上。
(いっそ、入院とかしてくれれば…いやいや、今の無し!
いい感じに心を入れ替えてお支払いしてくれますように…)
そんなことを祈った。
それから程なくして、クレーマーの母親から職場に電話があった。
息子が大けがをして、入院したという。
そして、郵便ポストの請求書を見て、
ずっと支払いをしていないことに気づいたので、
支払います。と言われたのだ。
…まじか。
職場のみんなが驚いていたが、俺は別の意味で驚いていた。
氏神様…おそるべし。
氏神様に、「入院」って言ってしまったけど、すぐ取り消したのに。
聞いてくださったのか。
参っておいて何だが、俺自身、信じられない出来事だった。
その後、数週間して退院したクレーマーに会いに行った。
支払は母親がしてくれるとしても、本人がどう思っているか、
逆恨みでもされていたら、今後に禍根を残すしな…。
クレーマーは退院したばかりで、リハビリ中らしかった。
『あの~、お支払いの件は…』
「あ~、払う払う。もうええわ」
みなまで言わなくても払うと言ってくれた。
そして関係性も良好になった。
実際に1週間程度で、数十万溜まっていた請求の全額入金を確認した。
先生が言われていた、「母親に弱いですよ」の一言を思い出す。
やっぱ本物だな、あの人。
いつか顧問弁護士に「無理無理!」って言われたものだが、
人間関係も壊さずに、しかも完済してもらった。
報告には行かなかったが、どんな顔をするのか見てやりたかった。
何にせよ、こんな気分のいい事はない。
方針をろくろく出さず、愚痴ばかり言っていた上司が、
年度の終わりに自慢げに言っていた。
「今年一番良かったのは、あのクレーマーを解決したことじゃの!」
…解決したのは、あんたじゃないよ。
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