裕福な画家と貧乏な画家
時代は宇宙戦争真っただ中だ。
とある都市の核シェルターに二人の画家がいた。
一人は地上では裕福な生活をしていた画家だ。生活には困らず、潤った生活をしていた。画家であるのは単なる趣味に過ぎない。ただ、彼はとても絵が上手だった。なんでも実物そっくりに描けるのだ。
もう一人、このシェルターには画家がいた。彼は地上ではとても貧乏で、その日暮らすための金を得るために、必死に絵を描いた。彼の絵は決してうまいとは言えなかった。裕福な画家と違い、そっくりに何かを書くなんて技術は持ち合わせていない。
政府の指示でシェルターに入ってからもう数か月経つ。外に出ることも許されない生活だが、食料などに困ることはなく、じきに貨幣の概念も薄れ、シェルター内に貧富の差はなくなっていった。
しかし同時に、心の余裕もなくなってきた。市民たちは、毎日ピリピリとした面持ちで生活をしている。裕福や貧乏という差はあっても、地上でのびのびと生活したいのは誰もが同じだった。
裕福な画家も、いら立っていた。もともと地上でも生活に困っていなかった彼は、ただ閉じ込められて軟禁されているのと変わらない。そんな生活が続けは、嫌気もさしてくる。ある日、一人の少女が尋ねてきた。「おじさん、絵を描いて!」裕福な画家は「どんな絵でもかいてあげよう。描いてほしいものを持ってきてね」というと、「お空の絵を描いてほしい」と言ってきた。モデルのない絵を描いたことがなかったので、裕福な画家は困った。実物そっくりに描けても、実物が目の前にないと、想像では何も描けなかったのだ。「お嬢ちゃん、ごめんよ。僕はお空はかけないんだ」そういうと、少女は悲しそうに立ち去ってしまった。裕福な画家はひどく落ち込んだ。今まで、物や人に困ったことはない、常に身近に何かあった。それゆえに身に着けた技術だった。裕福な画家は、初めて挫折を味わった。
一方貧乏な画家は、地上での生活と比べればいくらかましで、毎日食事ができるだけでも幸せなことだった。一生シェルターの中でも不便でないとすら感じていた。ある日、こちらにも一人の少女がやってきて「おじさん、絵を描いて!」と告げた。「何を描いてほしいんだい?」と聞くと「お空の絵を描いてほしい」と言ってきた。よし来た、とおじさんは地上にいたころを思い出し、とても鮮やかな空を描いた。少女はとても喜んだ。「このお空の絵の中に、私を描いて!」といった。貧乏な画家は実物通りに描くことが苦手だったので「お嬢ちゃん、ごめんよ。僕は人の絵が描けないんだ」と告げる。少女は悲しそうに…はせずに「わかった!あっちのおじさんのところに行くわ!きれいなお空をありがとう!」と言って、去っていった。貧乏な画家は、言われてみれば、このシェルターの中にいる以上、きれいな空を見ることはできないと悟った。そして、たくさんの風景の絵を描こうと決めた。
一方、裕福な画家は落ち込み続けていた。すると、以前の少女がやってきた。裕福な画家は「ごめんよ、おじさんはお空は…」と言いかけていると少女はきれいな空の描かれたイラストを差し出して「ここに私の絵を描いて!」と告げた。その空の絵は、裕福な画家には初めて見るようなとてもきれいな絵に見えた。地上では当たり前だった風景に、当たり前の日常に、人々は感動を忘れてしまうのだ。こんなきれいな絵、誰に描いてもらったんだい?」少女の絵を描きながら聞くと「あっちのおじさん。私を絵に描いてもらったら、また見せに行くの」裕福な画家は「おじさんも一緒に行ってもいいかな」と聞いた。少女は言った。「いいよ!」
少女と裕福な画家は、完成した絵をもって貧乏な画家のもとへ向かった。貧乏な画家の周りには人だかりができていた。「おじさーん!」と少女が輪の中に入っていく。裕福な画家も人だかりの中に入ると、
ありとあらゆる風景の絵画が広がっていた。空、海、山、川、星、街…どれも地上のあたりまえの風景。地上の生活で目撃しても決して上手とは言い切れない暖かい絵。これに人々が感情を動かされるのは、こんな時代で、こんな閉鎖された生活だからだ。
「お、おいあんた。」
裕福な画家は尋ねる。
「なんですか?こんなご時世、お金も何もないので私の描いた絵でよければいくらでもお譲りしますよ。」
貧乏な画家が答える。
「私も絵描きなんだ。しかし、私には模写はできても想像で絵が描けない。こんなに素晴らしい景色、地上にいたころは当たり前で見失っていた景色だ。素晴らしいよ。ありがとう。」
裕福な画家はそう告げる。
「私は地上では貧乏だったし、絵も秀でていたわけではありませんでした。人物画も描けないです。でもせめて、色の失わたここでの生活に、多少の彩を添えることはできたかもしれない。あなたにもまた、私の絵から何か伝われば幸いです。」
貧乏な画家はそう返す。
少女が「みてみて!このおじさんに私の絵を描いてもらったの!」
そういって、貧乏な画家に完成した絵を差し出す。貧乏な画家は、次第に顔をほころばせ「地上に戻れたら、もっとたくさんの人に私たちの絵を見てもらいたいですね。」といって、裕福な画家に手を差し伸べてきた。
裕福な画家は、しっかりとその手を握り返した。
それからしばらくして、宇宙戦争は終末を迎え、徐々にシェルターから人々が地上に戻った。
ある都市のシェルターから解放された市民は、その全員が「綺麗な風景とその持ち主が描かれた絵」を持って出てきた。どんなに暗い時代でも、その都市住民の笑顔は絶えなかった。
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