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理論概要① 産業・組織心理学におけるキャリア理論

キャリアに関する理論は、社会学、経営学、経済学など多分野にわたって学際的に研究されてはいますが、やはり心理学においてその蓄積があります。

まずは、応用心理学の一つである産業・組織心理学を取り上げます。​

1.産業・組織心理学の系譜

産業・組織心理学は、組織における人間の行動や態度を研究し、人間と組織のより望ましい関係性を探求する学問です。
そして組織の側と個人の側のどちらに力点を置くかで、揺れ動いてきた学問でもあります。

その成立過程の概観を単純化して表現したものが、次の図です。

20世紀初頭、ミュンスターベルグ(1863-1916)が心理学を応用し、経済心理学の領域を3つに分類したのが源流となります。

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①最適の人:適性の研究
適性については、第一次大戦中に米軍で行われた集団式知能検査(Army test)が高い評価を得たことにより、各種適性検査の開発が進みます。これらが職業指導や人事選抜に活用されるようになり、「人事心理学」の発展に寄与しました。

②最良の仕事:能率や疲労の研究
この領域で後世に大きな影響を与えたのは、テイラー(1856-1915)(*1)の科学的管理法(1911)です。
工場での作業効率をあげるための管理法で、急速に産業界に浸透し、のちの「作業心理学」につながります。

一方で、テイラーの考え方は人間を機械の一部とみなす点など、人間疎外であるとして批判をあびました。
そこで、ホーソン研究(1924-1932)が、労働者の人間性を重視する新たな動きとして注目されます。
この実験では、心理学者だけでなく社会学者や文化人類学者などが関わり、
人間の感情(社会的欲求)や非公式な人間関係に着目した、社会心理学的な視点が組み込まれました。

さらに組織における人間行動へと焦点が移っていき(*2)、1964年にシャインが「組織心理学」を出版(*3)、一つの学問領域として誕生しました。。

シャインは組織心理学の父であり、キャリア・アンカーやキャリア・コーンなどで知られる、組織とキャリアの理論についての第一人者でもあります。

こうした流れが統合されたものが、現在の産業・組織心理学です。
一方で、組織心理学は、経営学における組織行動論(*4)としても発展していきます。


キャリア発達に関する理論は、その多くが個人に焦点をあてたものですが、それとは異なるもう一つの流れが、経営管理や社会心理の観点から生まれ、産業・組織心理学として発展してきた、ということですね。

(③最高の仕事は、マーケティング領域になるため割愛しました。)


2.産業・組織心理学の4つの研究領域

次に、現在の産業・組織心理学の研究領域と、キャリア理論の位置づけを見ていきます。

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上図によれば、キャリアコンサルタントの関心領域としては、作業心理学も対象とはなりますが、「キャリア発達」や「カウンセリング」は、人事心理学に含まれています。

人事心理学の内容は、いわゆる人的資源管理(HRM)と重なっており、
HRMや組織行動論の書籍では、「キャリア発達(開発)」に関する施策は人事システムの一つとして書かれています。

確かに、採用や評価などの人事領域とキャリア発達の関連性は深いですが、現場の人間としては、正直違和感も感じられます。なぜなら、キャリアについて、採用や評価と同じレベル感で取り組んでいる企業は、かなり少ないと思われるからです。

もう一つ、「カウンセリング」については従業員個人のキャリア相談も該当します。

ですがそのプロセスは、コンサルタントとクライアント(従業員)の1対1で進めるものです。
相談内容については守秘義務があるため、企業側へ伝えたり、人事に直接的に反映することは、基本的にはできません。

結局のところ、キャリアコンサルタントとして、キャリアに関する理論を活かして組織に関われる部分は非常に少ないのが現状です。


慶応大学の渡辺教授は、心理学の限界として、次のように述べています。

「組織心理学と言いながら,組織レベルのこ とは直接的に探求せず,
個人レベルか,せいぜい集団やチームレベルの現象しか扱いきれていない」

残念ながら、組織と個人の望ましい関係性を探求するにあたって、キャリアに関する理論の出る幕があまり見えてきませんね・・・。

最初からネガティブになってしまいましたが、まだ「もう少しの学び」は始まったばかりです。

組織への介入について、キャリアコンサルタントとして、どのように実践できるのか。

次に、人事心理学におけるキャリアについて、詳しく見ていきます。



(*1)テイラー自身は心理学者ではなく、エンジニアで経営学者です。

(*2)この頃(1960年代から1970年代)、マズローのパーソナリティ論、ハーズバーグの動機付け二要因論、マグレガーのX理論・Y理論、マクレランドの達成動機研究などの研究が相次いで発表され、生きがいや自己実現を目指す労働者という新しい人間観が生まれました。
マズロー、ハーズバーグ、マグレガーは、新人間関係学派とも言われたようです。

(*3)1964年に、シャインの「組織心理学」と、リービットとバスによる「組織心理学」という、同名の書籍が出版されています。

(*4)研究領域は組織心理学とほぼ同じですが、「組織行動論」は心理学に加え、社会学、政治学、文化人類学などもベースにしており、より学際的とされます。
また、ビジネススクールで扱うのは「組織行動論」のほうになるため、経営学を学ぶ人は、こちらになじみがあると思われます。


  
参考文献 

高橋浩ほか(2013)「社会人のための産業・組織心理学入門」産業能率大学出版部
若林満監修、松原敏浩ほか(2008)「経営組織心理学」ナカニシヤ出版
渡辺直登(2012)「産業・組織心理学」日本労働研究雑誌2012年4月号(NO.621)

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