【第14回】 シナリオ分析実践ガイドSTEP3-1:シナリオの選択(その1)
今回から2回に分けて、TCFD提言のシナリオ分析で使用されるシナリオの内容を紹介します。今回は、2つのシナリオカテゴリーのうち、移行シナリオについて紹介します。
1.TCFD提言のシナリオ分析で使用されるシナリオとは
前回のSTEP3「シナリオ群の定義」で説明した通り、多くの企業では、外部機関等が公表している外部シナリオを使用しています。STEP3-1では、シナリオを公表している複数の機関のうちどの機関が公表しているもの使用するか、更に選択した機関が公表している複数のシナリオの中からどのシナリオを選択するかを決定します。なお、TCFD提言では、シナリオを複数選択する事、その中に2℃以下のシナリオを含めることが推奨されています。
ただし、この選択を行うためには、各シナリオの内容を理解する必要があります。TCFD提言やシナリオ分析実践ガイドにおいても、いくつかのシナリオが紹介されていますが、いずれも国際エネルギー機関(International Energy Agency、以下「IEA」)等の国際機関等により公表されているものであり、原文は相当な分量の英文資料です。
これらのシナリオは、科学者が将来の経済的、社会的、技術的、環境的条件に関して様々な前提条件を置いた上で、地球規模の気候変動に関する調査や研究を行い、可能性のある結果を提示するために開発・使用されてきたものです。これらのシナリオとその結果は、政策決定者が気候変動の緩和と適応の選択肢を評価したり、政策決定に役立てるために使用されています。
TCFD提言とは関係なく、従来からこれらのレポートを利用する業種に属する企業を除き、目にするのは今回が初めてであり、参照するのはTCFD提言対応目的のみ、という企業の方も少なくないのではないでしょうか。言い換えますと、このような企業にとって、これまでは本業とは無関係であり、専門性が相当異なる分野のレポートを理解する必要が生じ、一連のプロセスの中で、最もハードルが高い分野ではないかと思われます。
以下では、シナリオ分析を始めて行う方を対象として、TCFD提言において紹介されている二つのシナリオカテゴリーごとに、先行事例において最もよく利用されている代表的なシナリオの概要を紹介します。
2.移行シナリオ
特定の温度上昇やCO2濃度レベル等、特定のターゲットに向けて、可能性のあるエネルギーや経済の道筋を示すものは「移行シナリオ」と呼ばれています。将来的な低炭素社会への移行を表す移行シナリオとして最も参照されているものは、IEAのシナリオです。
ただし、IEA単独でも複数のレポートを公表していますので、まず、どのレポートを参照するかを決める必要があります。ここでは、IEAのフラッグシップレポートである「世界エネルギー見通し」(World Energy Outlook、以下「WEO」)を取り上げます。
WEOは毎年10月頃に更新されており、世界のエネルギー動向とその需給、気候変動・環境、エネルギーアクセスなどへの影響を検討し、シナリオ・ベースの分析による将来のエネルギー像を示しています。WEOは、公表年度によって新しいシナリオが登場することや、逆に既存のシナリオの削除、名称変更などがあり、毎期同じシナリオを前提に、パラメータのみが更新されているわけではありません。以下では、シナリオ分析実践ガイドが参照しているWEO2020に含まれているシナリオについてご紹介します。
3. WEO2020のシナリオ
WEO2020は、下記の4つのシナリオ分析を行っています。WEO2020ではCovid-19 から回復していく様々な道筋を検証し、特に重要な 2030 年までの 10 年間に焦点を当てている点が特徴的です。
① 公表政策シナリオ(Stated Policies Scenario, 以下「STEPS」)
すでに実施中の政策に加えて、現時点で各国政府が公表している温暖化対策などの政策意図と目標のうち、実現に向けて詳細な措置で裏付けられているものを反映したシナリオです。このシナリオはWEO2010から使用されており(STEPSという名称はWEO2019から使用)、WEO2020では、Covid-19 が 2021 年中に徐々に制御可能なものとなり、世界経済が同年中に危機前の水準に戻ることが想定されています。温度帯としては、2100年までの間に2.7℃程度まで上昇するシナリオです。
② 経済回復遅延シナリオ(Delayed Recovery Scenario, 以下「DRS」)
STEPS と同じ政策的前提をもって立案されていますが、STEPSを楽観的な見通しと位置付けた上で、パンデミックがより長引き経済への打撃が将来に渡り続くというシナリオです。世界経済は 2023 年になってようやく危機以前の規模まで回復するものの、パンデミックの影響で今後 10 年間のエネルギー需要の伸び率は1930 年代以来最低となるとしています。具体的な温度帯についての言及はありません。
③ 持続可能な開発シナリオ(Sustainable Development Scenario, 以下「SDS」)
パリ協定の合意、すなわち「今世紀末までの世界の平均気温上昇を産業革命以前に比べて2℃より十分低く保ち、1.5℃に抑える努力を追求する」と整合したシナリオです。クリーン・エネルギー政策や投資が大規模に展開され、世界のエネルギー供給システムはパリ協定など持続可能な開発目標の達成に向けて順調に進展するとしています。例えば、2030年までに太陽光発電による発電量が現在の3倍近くになり、発電部門のCO2排出量は40%以上削減されることが想定されています。
④ ネット・ゼロ・エミッション 2050 (Net Zero Emissions by 2050, 以下「NZE2050」)
WEO2020で初登場のシナリオです。SDSの分析を拡大展開させたもので、現在、数多くの国や企業が今世紀半ばまでに排出量の実質ゼロ化を目指していますが、SDSシナリオではこれらが達成できるのは2070年であるのに対し、NZE2050シナリオではこれを2050年に前倒しするために、特に今後10年間に何が必要かに関するIEAモデルが示されています。これが達成されると、50%の確率で世界の平均気温上昇を1.5℃に抑えられるとしています。
上記から、TCFD提言が含めるべきとする2℃以下の移行シナリオは、SDSとNZE2050となります。どのシナリオを選択するかはSTEP3-2のパラメータの入手にも関係しますので、この段階では、シナリオの概要をご理解いただければと思います。
次回は、もう一つのシナリオカテゴリーである物理的気候シナリオの概要を紹介する予定です。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?