AR/VRプロジェクトマネジメント CASE STUDY : PLATEAU実証調査AR/VR横断コミュニケーション体験構築
こんにちは。MESONディレクターの本間です。
AR(拡張現実), VR(仮想現実)という技術領域でプロジェクト上で実際にどのように企画・制作が進行しているかを、ディレクター/プロジェクトマネージャーの視点から書きたいと思います。
今回はMESON×博報堂DYホールディングスの共同研究プロジェクト「GIBSON」で構築したサイバーフィジカル横断のコミュニケーション体験(国土交通省主催3D都市モデルの整備・活用・オープンデータ化プロジェクト「PLATEAU」実証調査参画)をケースとして紹介します。
具体的にどんなプロセスで企画から制作をチームとして行っているか、その中でディレクターはどのような役割を各フェイズで果たしているかをまとめます。
こんな方が読むと楽しいかも...?
- XR領域のディレクター職の方
- 他領域ディレクター職の方
- XR領域他業種で企画制作にも興味ある方
- XR領域に興味のある学生
CASE紹介
プロセスの前に、まずMESON×博報堂DYホールディングスの両チームで、どのような体験を構築したかについて概要を簡単に紹介します。
プロジェクト概要説明
AR/VR横断コミュニケーションプロジェクト「GIBSON」は、MESONと博報堂DYホールディングスが行うSpatial Computing技術を活用した共同研究の一貫として行われました。
GIBSONは、現実世界の3Dコピーである「デジタルツイン」を用いてサイバー空間を構築することで、そこにログインする遠隔地のVRユーザーと現実世界(フィジカル空間)のARユーザーとがあたかも同じ空間を共有しているようなコミュニケーション体験を可能にします。
2021年3月には、国土交通省主導の3D都市モデル整備·オープンデータ化プロジェクトであるProject PLATEAUに参画し、東京都渋谷区神南エリアを舞台としたAR/VR融合の周遊体験の実証実験を実施しました。
今後、観光、イベント、ショッピング体験といったユースケースや、スマートシティにおける遠隔地をつなぐコミュニケーションプラットフォームとしての活用を目指しています。
体験概要動画
(実証調査紹介ページ)
0. プロセスの全体像に関する紹介
企画から開発、そして振り返りまで、プロジェクトを以下のステップで行うことが多いです。
1. コンセプト企画
2. 体験の設計
3. 制作進行
4. 検証
5. プロジェクト振り返り
1. コンセプト企画
1-1. 概要
共同研究チーム全体でプロジェクトのゴールを定義し、体験のアイデアを考えていきます。今回は5-10年後どのようなコミュニケーションがAR, VR技術を使って普及させたいか?という視点で、コンセプト・アイデアを設定しました。
1-2. ディレクター / プロジェクトマネージャーの役割
拡散・収束のフェイズをどのように設定するか?最終的にどんなアイデアにへ落とし込むか?という枠組みを考えながら、自身もプランニングに参加することがこのフェイズでの役割です。
具体的には定例のミーティングやワークショップを通じて、プロジェクトゴールの設定→ユーザーに届けたい価値の言語化→実現するアイデアというステップで、論点の拡散と収束をしながら進めていきます。
共同研究チームで前提の共通認識を取ったり、広くアイデアを共有する全体ディスカッションの場面と、各人が時間を取りアイディエーションを行う場面それぞれの、設計・マイルストーン設定を行います。
1-3. アウトプット
コンセプト:遠隔と現実世界を繋ぎ、あたかも同じ空間を共有しているようなコミュニケーションを実現する
(チームで策定したコンセプトの抽象化図。サイバー空間とフィジカル空間を通じて何をどのように伝送するかを設定する際に利用した。)
アイデア:3D空間モデル+リアルタイムな窓としての定点カメラ
・サイバーフィジカル横断でリアルタイムな会話が可能になる
・定点カメラ越しに物理世界の出来事をリアルタイムにサイバー空間に伝送
・現実世界の形状に紐づいたアバターの振る舞い
(チーム内のディスカッションを重ね、決定したコアアイデア。なおこのアイデアをもとに室内のプロトタイプが構築され、その体験を屋外へ拡張する形でPLATAEUに参画した。)
1-4. 参考
2. 体験の設計
2-1. 概要
アイデアをデザイン・開発のフェイズへと進めるために、体験のフローや主機能の言語化や、視覚化を行っていきます。MESONでは主に以下のフォーマットに落とし込むことが多いです。
設計するもの
- ストーリーボード
- ユーザーストーリーマッピング
- 2D WIRE FRAME
(実際のプロジェクトでは①のアイデアをベースにまずは屋内でプロトタイプを制作しました。その後屋外で拡張する形でプロジェクト「PLATEAU」へ参画しました。今から紹介するのはそのPLATEAU参画時のチーム制作物になります。)
2-2. ディレクター / プロジェクトマネージャーの役割
体験を言語化・視覚化し、たたき案をディレクターが制作することでチーム全体青写真をつくり上げることがこのフェイズでの役割です。
届けたい価値や実際にユーザーが行うフローをフォーマットに落とし込み、共同研究, 制作チーム全体が共有できるように体験の解像度をあげます。そうすることで、デザイナーとのUX / UIに関する相談や、エンジニアとどのように体験を技術的に実現するかといった具体的なディスカッションが可能になります。
2-3. アウトプット
2-3-1. ストーリーボード
ユーザーが困っている状況からサービスを利用することで、どのような状態になれば良いか、一連の体験のシーケンスを示すボードになります。
今回の体験ではAR側のユーザーとVR側のユーザーそれぞれがコミュニケーションプラットフォームにログインすることで、「遠隔でのコミュニケーションがシームレスにできる」「空間のコンテンツが出会いや発見を生む」といったことを価値に据えて、設計を行いました。
(実際に利用されたストーリーボードたたき案)
2-3-2. ユーザーストーリーマッピング
ストーリーボードをもとにAR, VRユーザーがどのような体験フローを辿っていくか、それに対応してどのような機能が必要か、どのような優先順度で着手していくかを決定します。
今回の体験では、AR, VRユーザーがログインしてから渋谷の周遊体験を終えるまでを一連のフローとして設計しました。
(実際にAR体験側のフローを示した初期のユーザーストーリーマッピング)
2-3-3. 2D WIREFRAME
AR, VRでもLo-fiな状態でディレクターがワイヤーを設計することで、各フローの体験を視覚的に表現することでデザイナー・エンジニアと体験のイメージを共有することに役立ちます。このワイヤーのことをMESONでは2D WIRE FRAMEと呼んでいます。
初期はディレクターがFigma, AdobeXDを利用して設計を行い、それをベースにデザイナーが実際にユーザーが触れるUIの本稿へ落とし込みます。
(ディレクターの2D WIRE FRAME初期案)
(デザイナーが実際にUIに落とし込んだボード)
2-4. 参考
3. 制作進行
3-1. 概要
プロデューサー・ディレクター・デザイナー・エンジニア・3Dモデラーと、設計された体験をベースに開発チームが組織されます。制作を行い、体験を形にしていきます。
ディレクターの具体的なアクションは以下で、期間中は様々な項目を行ったり来たりするイメージです。
<チームの組織>
- チームメンバーへの声かけ
- チームメンバーのオンボーディング
- 定例のチーム内コミュニケーション
<スケジュールの設定>
- マイルストーン設定
- (可能であれば)スケジュール調整
<リスク管理>
- リスクの洗い出し
- リスクの対応策の提示
- 上記のチーム内でのリスク共有
<仕様策定>
- バックログの設定
- 開発項目の優先順位づけ
- 開発スケジュール・進捗と照らし合わせたスコープ調整
<リソース管理>
- 予算管理
- メンバーの稼働の見積もり
- 体験に必要なデバイス費・システム費の見積もり
- 機材・システム管理
- 必要な機材の調達
<最終体験確認>
- アプリケーションの動作確認
- 不具合時のスケジュール・スコープの調整
- 体験改善のためのブラッシュアップ
- マイルストーン時の体験会設計
3-2. ディレクター / プロジェクトマネージャーの役割
アイデアを形にし、体験をユーザーに届けることがこのフェイズでのメインの役割です。そのために開発チームとの定例ミーティング、共同研究チームとの定例でコミュニケーションを取りつつ、開発(スコープ・品質・スケジュール)の方針を決定していきます。
3-3. 制作進行時のディレクター/プロジェクトマネージャのーの心得
3-3-1. なぜ自分たちはここにいるか?から始めよう
体験が実際に形になるまで、「この体験は絶対におもしろくなる」という楽観的な自分と「果たしてこの体験は面白くなるだろうか?」という悲観的な自分が格闘し続けます。(AR/VR体験は、体験してみたら想定以上に価値を感じたり、逆にゲンナリすることもある。)
プロジェクトで企画から携わるディレクターがそのように感じるということは、チームメンバーは自分以上に感じていると思うべきです。
そのためディレクターは、「どうして我々はここにいるのか?(Why)」「何をつくりどんな価値をユーザーに届けるのか?(What)」を明確にし、定例ミーティングなどで開発チームに伝えます。
本プロジェクトでは、プロジェクトの意義・概要・届ける体験を示したデッキをチーム内でシェアしました。
(プロジェクト概要説明スライド抜粋)
3-3-2. 「もしかしたら...」という不安には先回りして対処
プロジェクト進行中にふと脳裏によぎる不安
「デバイスの負荷が厳しそうだな...」「ネットワークの強度足りるかな...」
「実証調査中の許可とか大丈夫かな?緊急事態宣言にならないかな...?」
「この体験した感じだと、仕様変更しないといけなさそうだな...」
不安は必ず的中します。特にAR, VRはロケーションベースであったり、デバイス自体が不安定、負荷のかかる処理・通信が行われるためそういった事象が起こりやすい。
こういったリスクを回避・対処するため際は、
①(発生前)ステークホルダーを集め、可能な限り起きうるリスクについて洗い出し、その対処法を明確にしておく。
②(発生後)予期せぬ問題が発生した場合は、「問題の発生原因仮説」、「開発の他範囲で起こりうる事象の予測」、「対応方針」をセットにして速やかにチームに共有。
といったアクションをとります。
(プロジェクトリスク登記簿:内容は伏せてますが、実際にリスクをインパクト・発生頻度でマッピングし優先的に解決策を考えておきました。)
3-3-3. 現地ファースト
今回のAR, VR横断コミュニケーション体験は、渋谷を舞台したロケーションベースでの周遊体験だったので、とにかく現地での体験をどのマイルストーンでも徹底して行いました。
現地で検証することの意義として、当日を想定したシミュレーションができるため不具合解消を早期に発見できる技術検証や、現地の環境を活かしたUXのブラッシュアップができるという価値検証の両方が可能になるということが挙げられます。
(渋谷神南をキックボードで移動し、AR体験の検証を効率化していた2月)
3-3-4. 判断することがディレクターの仕事
これがディレクターの中で一番重要だと思います。
・プロジェクトで当初想定していた機能を消し、新しい機能を追加するか?
・プロジェクトで当初想定していた機能を削り、不具合の解消にあたるか?
等々、制作過程では二者択一の連続がおきます。
そのような時に決断をすることがディレクター・プロジェクトマネージャーの役割だと考えています。その決断の局面で重要なことは「判断する責任を持っていることがチーム内で共有されていること」「判断軸をチームに説明できること」の2点です。
そもそも決断に迫られるとき、その責任がプロジェクトマネージャーなのかプロダクトオーナーなのかそれともステークホルダーかはまちまちのため、事前に誰が何に対する決定権を持っていることを共有されていることがプロジェクト上では重要です。
自分の決断は、チーム内で共有され、なぜその判断を行ったか説明する責任があります。なぜ自分がその選択をするか?という判断軸は常に持っていたほうが良いでしょう、特にMESONではユーザーが体験をした時に価値を感じる選択肢を選ぶことがチーム全体で常に心がけています。
3-4. 参考
開発手法についてはたくさんの本があると思いますが、これらはプロジェクトを行うとき手元に置いておきたいです。
4. 検証
4-1. 概要
検証のフェイズでは制作した体験が、自分たちが想定している価値をユーザーに提供できているか?またどのようなことに価値を感じてもらっているか?という検証と探索を行います。
今回は3D都市モデルを利用したAR/VR横断のコミュニケーション体験が、どのような価値を持っているか?を検証するため2段階でフローで設計を行いました。
検証設計ステップ
- 体験価値に基づいた検証項目の設計
- 検証を行うためのオペレーションの設計
- 検証結果の取りまとめ
4-2. ディレクターの役割
体験の開発と調査項目を並行で見ることで両者を適切に整える橋渡しが役割です。開発した体験に沿ってどのような調査が適切かの決定を行いながら、調査で必要なコンテンツがあれば調整可能な範囲で開発に組み込みます。
今回のプロジェクトでは自分以外のディレクター, UXリサーチャーと調査の設計・分析を行いました。
4-3. アウトプット
4-3-1. 体験価値に基づいた検証項目の設計
検証したい項目として、AR, VR横断で渋谷の周遊体験を行うことで、「価値あるコミュニケーションが実現されるか」「街中のバーチャルオブジェクトを通じて発見をもたらすか」「コミュニケーション・バーチャルオブジェクトを通じて街への愛着・情緒を感じるか」という3要素にしました。
また探索したい項目として、実証調査で行った「街歩き」というユースケースで体験にどのような価値を感じるかのヒアリング、そして「観光」「コマース」といっら領域での利用価値はどのようなものがあるかが挙げられた。
4-3-2. 検証を行うためのオペレーションの設計
以上を踏まえて
- 検証を行う上で、比較対象が必要か?
- 検証・探索項目に沿ってどんな質問項目が
- どのエリア範囲を周遊するか?
- どれくらいの時間を要するか?
- 実現するためにどの日程を押さえるか?
- どれくらい検証をサポートするメンバーが必要か?
と調査当日までに必要なディティールを詰めていきます。
4-4. 参考
5. プロジェクト振り返り
5-1. 概要
プロジェクトの最後の段階です。プロジェクトメンバーの中で振り返りを行います。MESONではKPTという手法を用い、プロジェクトにおいて「Keep=継続したいこと」「Problem=課題に思うこと」「Try=次に挑戦したいこと」を設定し、それらを各メンバーが出し合うことで、次回のプロジェクトの糧にします。
5-2. ディレクターの役割
プロジェクトメンバー同士で正直に言い合える場作りを行い、改善点を発見することが役割です。チームで発生した問題の犯人探しをするのではなく、「チーム⇔発生した問題」という前提をミーティングを始める前に共有することがおすすめです。
5-3. 参考
おわりに
ここまで読んでいただいた皆さんありがとうございました。
AR, VR業界に入った時はプロジェクト・プロダクトマネジメントの記事がなく、手探りで少しづつ自分の中で体系化したため、この記事がプロジェクトの進行・ディレクションの一助となればとても嬉しいです。
AR/VR体験構築にあたりディレクター / プロジェクトマネージャーが行う、一連のメインのフローは以上になります。それ以外もプロジェクトやディレクターによっては、初期プロトタイプ構築、UIサウンド制作、PV撮影ディレクション、プレスリリース設計なども行います。
スタートアップで関わるディレクターの仕事はとにかく「アイデアをユーザーに届けるまで手を動かしながら、チームをリードすること」です。
だからこそ最後までこだわりを持ち、チームでまだ見たことのない体験を世に生み出していく醍醐味があります。
今回のプロジェクトで、ご一緒に企画から実証調査までおこなった博報堂DYホールディングスMTCチームの皆様、MESONの企画・開発・デザインチームのメンバー、参画プロジェクト「PLATEAU」の民間サービス実証調査を指揮された国土交通省・アクセンチュアの皆様、この場をお借りして感謝申し上げます。
引き続き、この体験で得た知見をもとにサイバーフィジカル空間を横断し、様々な分断をなくしていくコミュニケーション体験をMESON・博報堂DYホールディングスチームで構築していければと思います。
この領域に興味がある方、一緒に体験を制作をしていきたい方はぜひTwitterのDMなどからご連絡ください!