【エッセイ】東京の洗礼
噂には聞いていた。
東京にはGがいるって。
それは地元北海道ではほぼ見当たらない。いたとしても寒過ぎて小さいままでGだと気付かない。(最近は温暖化でちょっと怪しいが、今のところ一般家庭には普及していない。飲食店にはたまにいる。)
…そう。あれ。
長い直角をゆらゆらさせ、カサカサ移動して人の家に勝手に入って生息している、薄っぺらい生命力半端ない虫。
G!
あえて名前は出さない。Gと呼びます。
で、私3年程東京に住んでいたのですが初生Gを見た時はえらく感動した記憶があります。
夏に近づいてきた暖かい日の夜、吉祥寺駅近くの飲食店前、コンクリートの道路。Gがのそのそ歩いている。あ!これがGか!思ったより茶色い!そして大きい!と感じながら実際には「あなたがGなのね!(あなたトトロっていうのね!風に)」と呟いてました。今思うと敵を知らなさすぎる初々しい発言。
人間の脳は意識が低いものは視界に入らない。例えば自分が妊娠していたら周りを歩いている妊婦さんが無意識に目に入りたくさんいるように脳は感じるけれど、妊娠していなかったらほぼ目に止まらない、というように。
私もこの時まで道を歩くGを意識して見た事は無かった。ただ、東京住みの従兄に言われていた。
「お前の家にも絶対出るよ。何が何でも出る。対策しないと。」言われた時は引っ越して数日だったのでピンと来なかった。
しかし数日後、私は洗礼を受ける事となる。
古く安いアパートに住んでいた私。そもそも家で出会った事がない為どこからGが出るなんて見当もつかない。ある日いつものように簡素な台所で夕飯を作っていた。熱したフライパンで野菜と肉を炒め、オイスターソースを絡めて良い匂いがあたりに充満し出した…その時!
がざっ、ごん!
羽音と共に台所の備え付けコンロ下、わずかな隙間から降臨しました。Gが。
しかもでっかい。直角を隙間から出して行く方向を決めながらこちらに向かってくる…!
「ぎゃーーーーー!」
大きい1匹以外にも小さいのも出てきた。絶対美味しい匂いにつられて出てきたんだ!わー!わー!パニック。まず台所から離れる。
隣の部屋のカップルが「どしたんだ?」「Gじゃない?」と会話しているのが聞こえる。
どうしよう…!このままじゃ眠ることもできない!この狭い部屋に放したら寝ている間確実に顔に登ってきそう!想像しただけで怖すぎる!!
私は決闘を覚悟した。
隙間から這い出て壁を伝うGに「どっから来たんだよ!」と声をかける。
向こうも話を聞き答えるかのように直角を揺らしながら止まった。
…今だ!!
ジャーーーーーー!食器洗い用洗剤を震える手でありったけGにかける。苦しさでGが悶えて数歩移動したものの、洗剤強し。すぐ息の根を止める事ができた。この調子で小さいのも駆逐した。
…勝った!私は戦いに勝利した!興奮した心を落ち着かせるように亡骸を新聞紙で包んで捨てた。
落ち着いた頃には作っていた料理はすっかり冷めてしまっていた。
野菜のオイスターソース炒めというレシピは、私の中で永久に作る事が無くなった(思い出すから)。
対策。
従兄が言っていた言葉を思い出し、とりあえず台所の隙間という隙間を養生テープで塞ぎまくる。
驚くほど大きな隙間が、水道蛇口下の排水溝が通っている空間の仕切り壁に空いていた。こんなん入ってくださいって言ってるようなもんだ。薬局でそれ用の罠を買い部屋のあちこちに置く。ユニットバスの排水溝にも網の様なものをつけて万が一に備える。
それでも退去するまで2回程大きいのが出た。どこから入ってくるのか全くわからないが、仕事から帰ったら茶色のカーテンにへばりついてて同化していて悲鳴あげたり、正月に実家に帰省し部屋に戻ったら人のカバンの上でのたれ死んでいた事もあった。カバンは捨てた。
何でこんなに気味が悪いんだろう??
田舎出身で大きい蛾と幾度となく格闘した事もあり大抵の虫じゃ驚かないのに、やはり苦手だ。
まず1つは不法侵入だろう。いきなり部屋に出てくる。これだけで怖い。普通の虫みたいに窓から入ってこない。
気づいたら壁や家具にいる。
側にいる。
視界に入ってくる。
幽霊の類と同じ心理状況になる。あとは音と見かけ。気持ち悪い。集団でガサガサ音を立てるのも怖い。夜の公園でベンチでおにぎりを食べていたら寄ってきて、ゴミ箱にゴミを捨てたら一斉にわーっと羽音が鳴って「こんなにいたか!」とびっくりした事もあった。
今思い出して書いてるだけでもちょっと気持ち悪い。
地元に帰ってきて思うのは、いないとストレスがめちゃくちゃ減るなぁという事。生ゴミを台所に置いたままでも出てこない!そもそも出る前提で生活しなくて良い!東京の嫌いな所はGと人混みとハッキリ言える。
でもそれを覚悟してでも住みたい、人を惹きつけてやまない魅力的な街。それが東京だったなぁと思う。
神秘的な都会にはGがセットでついてくるのだ。自然の中だと何もかものびのび暮らしているのに、人口が多すぎて虫の住む場所を奪った罰だと思えばいい。今でも機会があればまた住みたい都市である。
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