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【エッセイ】森君の100円

札幌から電車を乗り継ぎ約3時間。
人里離れた畑と空き地が広がる無人駅の町に通信制高校はあった。当時は通信制高校自体が珍しく、そこが道内各地の全日制高校を辞めた行き場のない子達の受け皿になっていた。通っていた大多数の子は弱さを護り自分を大きく見せるかのように、当時流行り始めたギャル、ギャル男の目立つ風貌をしていた。


通信制高校は年に数回しか登校日が無い。
初めての登校日、声をかけてくれたのは優しいギャルの同級生達。なので約2年程在籍し古参として卒業する頃、私もすっかりギャルみたいになっていた。激しめの服装に身を包む学生を怪訝な顔で眺める人達は多かった。でも話してみるとそれぞれしなくてもいい苦労をしていたり、考え方が前の高校の子達よりずっと大人びていて居心地の良さを感じさせた。


大半がバイトをして学費や交通費を捻出しながら通い、将来の事を考えて個人で資格を取る子もいた。私も1度の通学で往復1万円程かかる交通費などをバイトで稼いだ。学生にはまぁまぁな出費だ。学費や交通費を払えずに辞めていく子もいて環境は目まぐるしく変わる。
編入した頃は数える程だった生徒数も卒業する頃には3クラスが溢れる程に膨れ上がり、長く通っている子達とは自然と顔馴染みになっていった。


どこの集団でも目を引く人というのはいる。
森君は同じクラスのギャル男グループの中でも異彩を放っていた。当時にしては珍しい銀髪に日サロで焼いた真っ黒な肌、鋭い目つき。

「恥ずかしくてここに通ってる事を人に言えない」騒がしい休み時間、誰かに話している森君の声が不意に耳に入った。周りを卑下しているように見えて、自分の事を言っているような素振りが心に引っかかった。



ある日、バイトの先輩に誘われて私は夕方のすすきのにいた。10代だった私には馴染みのない少し治安の悪い場所。歓楽街によくある雑居ビルの前で男女数人固まり談笑していると、見慣れた風貌の人が横を通り過ぎた。

…森君だ!

私のいた集団を、自分達の陣地だと言わんばかりに冷ややかな目つきで眺めながら仲間と前を通り過ぎる。
ああ、ここら辺にいつもいるんだな。
声をかけられる雰囲気ではなかったけれど、学校の外で姿をみた事で不思議な親近感が湧いた。



「悪いんだけどさー、100円貸してくれない?」

登校日の帰り道、森君は駅に向かう生徒に手当たり次第声をかけている。かけられた私は困っているならと100円を渡してしてしまった。

「ありがと!返すから!」

もらった瞬間から次のターゲットを探し辺りを見回している。

「よんかちゃん!何であげちゃったの!もう戻ってこないよ!」

横で見ていたギャル友が言った。

「あーそっか、騙されたか。まぁ100円位なら良いよ。」

「良くないよ、ああやってみんなから貰ったら結構な金額だよ。」

確かにそうだ。もしかしたら帰りの電車賃が足りなくて困っているのかもしれない。


ギャル男グループとは登校日に一緒にラーメンを食べに行ったり交流もあったけれど、森君とは一言も話す事なく卒業式を迎えた。
100円が返ってくることはもちろん無かった。


それから時が経ち、私は27歳になっていた。

社会人としてそれなりに生活していたら同窓会のお知らせのハガキが届いた。
卒業した通信制高校は卒業アルバムが無く、連絡先も親しい子数人にしか教えていない。幹事の子はわざわざ担任に連絡して私にハガキを送ってくれたのだ。
その労力を嬉しく思い真冬日の凍える寒さの中、懐かしい電車を乗り継ぎ学校近くの地方都市まで駆けつけた。


白い息を吐きながら待ち合わせ時間に駅でうろうろしていると、見慣れた顔が数人集まっている。

「懐かしいねー!」

母親になってしっかりした顔つきになった幹事がみんなに声をかけた。

「あれ、あなた誰だったっけ……え⁉︎森君!来てくれたの!」

一際大きな声が上がる。
そこには高校時代とは全く別人の森君がいた。
真っ黒でサラサラな短髪に少し白い肌、ユニクロで一色揃えた様な、会社員の休日のお手本みたいな服装。

身体のラインがわかる小さめのシャツに、ダボっとしたダメージデニムを下着が少し見えるように腰履きして、ピアスを顔中にしていた当時の面影は皆無だった。

知り合いの店に場所を移し、みんな森君に興味津々と言った様子で宴が始まった。
聞けば森君は高校卒業後、国内外旅をする生活を送りインドに辿り着いた。
そこで憑き物が落ちたように自分を取り戻し、今は落ち着いた生活を送っていた。
大切に思う彼女もいるという。

「良かったねー!高校の時やばかったもんねー!」

元ギャル達が森君の肩を叩きながらゲラゲラ笑う。

「俺さー、高校時代の態度本当みんなに謝りたいんだよね。特に先生達に申し訳ないことしたと思ってる。」

「えー!人ってこんなに変わるもんなんだね!」

そこにはスッキリした優しい目でみんなと談笑する森君がいた。

普通の高校生より顔を合わせなかった私達でもそれなりの学生生活の絆はあったようだ。
近状報告と思い出話に花が咲き、あっという間にお開きの時間。参加人数が10名程と少なかった為その場でみんなで割り勘することになった。
もちろんきっちり払える人はほぼいない。レジの近くにいた人がお釣りをみんなに手渡しする。

「あ、お釣りもらった?俺小銭持ってるよ。」 

森君が私に400円程手渡してくれた。

「あれ?お釣り多くない?」私が呟く。

「いいよいいよ、ちょっと位多くても。せっかく会えたんだし。」森君が穏やかに微笑んだ。



…あ!あの時の100円!しかも多めに返ってきた‼︎


森君は私が貸した100円なんか絶対に覚えていない。


「ありがとう。」

手を差し出すと森君が私の掌に400円乗せてくれた。心遣いを感じながら(利子付きで返ってきたな…)と小銭をギュッと握りしめた。


今でも同窓会の写真を見るとこの思い出と共に、胸の辺りがむず痒くなるような、何とも言えない気持ちになる。

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