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【書評】『わっしょい!妊婦』 笑えて、刺さる…出産を通じて社会を考える一冊

小野美由紀著『わっしょい!妊婦』(CCCメディアハウス刊)をご恵投いただきました。読みだしたら止まらず、一気に読み切りました。何度も笑ったし、ズシンと心の深いところにも残る傑作でした。

言葉選びのセンスと観察眼…笑える一冊

鈴木智彦さんの『ヤクザときどきピアノ』や近藤康太郎さんの『三行で撃つ』『百冊で耕す』(いずれもCCCメディアハウス刊)を手掛けた名編集者、編集Lilyさんが「自分の編集人生でいちばん笑った」とツイートしていて、これは絶対読まねばと気になっていた一冊。

35歳で出産を決断した作家の小野美由紀さんの妊娠から出産までの体験エッセイなのですが、まずは編集Lilyさんが言うように、とにかく笑える。

「いた!本当に、いた!」
夫は初めてトトロと出会った時のサツキとメイのように、大喜びではしゃぎ回った。私も初めて見る夫の精子の姿に瞠目(どうもく)した。

以下、引用は『わっしょい!妊婦』より

助産師は、私が暇そうにしているのをいいことに、真夜中に病室に入ってきては床に三角座りで座り込み「うちな、本当は全国で性教育の講演会するのが目標なんよ」と自分の夢を語った。ここを高校の部室かなんかだと思っているんじゃないだろうか。
〈中略〉
病院の口コミを再び見ると「おしゃべりな助産師がいて、夜寝かせてくれない」と書かれていた。お前かよ。

比喩の言葉選びのセンスと、観察眼、そして心の中のツッコミの的確さ。小野さんの夫も含めて登場人物たちの愛すべきキャラクターもあいまって、移動中の高速バスの車内で読んだのですが、思わず声を出して笑ったところが何度もありました。

妊娠、出産の「必修教材」に

一方、ただの「笑える体験エッセイ」ではないところもこの本のすごさ。
本書で扱われているテーマをざっと列挙すると「不妊」「つわり」「マタニティマーク」「出生前診断」「保活」「性別の問題」「中絶」「母乳」「出産場所」「無痛分娩」、加えて「コロナ禍」。妊娠、出産にまつわるテーマが網羅されていて、高校の必修教材にしてもいいのではないかというくらい。
3人の子ども全員の出産に立ち会った私ですが、気づけていなかったことも多く、もっと早くこの本が出版されていたら…と思わずにはいられませんでした。

中でも「出生前診断」は『受けた側の体験談の圧倒的少なさ』を感じたといいます。

この検査のこととなると途端に口数が少なくなるというか、誰とも目線が合わなくなる感じがするのだった。
それはきっと、この検査について「命の選別である」という世間の風潮がある中、両手(もろて)を上げて「うちは受けました!」と言いにくい雰囲気があるからだろう。

わが子の出産時にはまだ「出生前診断」が浸透しておらず、検討しなかったのですが、いま生むとなるとどうするか悩んだだろうし、経験談は探したと思うので、本書の小野さんの葛藤は絶対に参考になるはず。

「女にとってハードモードな国」で…

そして、小野さんの目線を通じてこの国の社会の仕組みのいびつさ、いかに自分が「マジョリティ」の側にいるのかを否応なく感じさせられます。

「妊婦の妊婦性を限りなく抹消しないと仕事を続けられないような現代社会の労働のシステム」

「生きているだけで女にとってハードモードなこの国」

「女に対して投げかけられる、”こうあるべき”という身勝手な視線が、抑圧が、歴史と伝統という接着剤によってべっとりとし社会に固着した偏見が…(後略)」

ノンフィクションの神が降臨

「妊娠、出産」は「命」や「社会」と切っても切り離せない営為。書籍のジャンルとしては「エッセイ」に分類されるのだと思いますが、今の日本社会を描いたノンフィクションでもあります。

最終章の「わっしょい!出産」では、読者が思ってもいない展開に…。これがフィクションなら、さすがに作者もこんな展開にはしないだろという、まさに「ノンフィクションの神」が降りてきています。

本書は、妊娠前から出産までで幕を下ろしますが、この国の子育てのしづらさも絶対感じるはずなので、続編の「どっこい(?)子育て」も絶対書いてほしいです。

「岡山」もちらっと出てきます(笑)

余談ですが、私は香川・岡山のテレビ局で報道記者をしており、献本をいただく際、小野美由紀さんから「母方の実家が岡山で、本書にも岡山がちょこっとだけ登場します」とお知らせいただいていたので楽しみにしていたのですが、「ここで出てきたか!」と、そのエピソードのオチも含めてずっこけました(笑)。岡山の方はぜひ注目してお読みください。

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