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「テキサス・レポート 20210629」下


議論はいよいよ核心に近づきつつある。「テキサスバーガー2021」を、2021たらしめるもの。かつてのテキサスバーガーと分け隔てるもの。そう、トルティーヤチップスに。
以前のテキサスバーガーには、トルティーヤチップスではなく、もっとこう、なんというか、よくわからない、カリカリしたものが入っていた。
これは友人からも言質をとった。よかった。やはり私の記憶違いではなかったということになる。そして、例のsomethingカリカリしたもの、の正体がフライドオニオンチップスであることも、追跡調査の結果、私たちは突きとめたのだった。

フライドオニオンがトルティーヤチップスに変わった。

テキサスバーガー2021の特徴を一言でいうとこうだ。
カリカリからバリバリへ。食感としては劇的な変化とは言いがたい、せいぜい同系統の食感のバリエーションで、変奏曲を奏でたに過ぎなかった。こう言えばテキサス陣営の、変化を取り入れつつも保守的な態度を、中途半端だと批判することも可能かもしれない。しかし、安心してくれ。それこそ中途半端な批判を書くために、ここまで書いてきたわけではないのだから。

近年のマクドナルドを語る上で欠かせないものとして、私が提唱した「エッセンス」と言う概念がある。エッセンスとは、ある商品をその商品たらしめる本質的な部分のことをいう。哲学的な概念なので、もう少し説明させてほしい。例えば、チキンクリスプをチキンクリスプたらしめているのは、その名の通りチキンクリスプである。どうも、これは商品名がそのままエッセンスである例なので、トートロジーの響きを帯びてしまうが、実物を想起してもらえれば私の言いたいことは伝わると思う。つまり、チキンクリスプをチキンクリスプたらしめるのは、あの、バンズに挟まったチキンクリスプの部分「だけ」であって、バンズそのものや、レタスや、ソースではないということだ。これが、チキンクリスプのエッセンスがチキンクリスプであるということの意味である。
では、商品がチキチーならどうだろうか。この場合、エッセンスはチーズになる。なぜならチーズがなければ、それはチキンクリスプなのだから。
なら、スパチキはどうか。もちろん、スパイシーソースである。なぜならスパイシーソースがなければ以下略。エッセンスが何であるかは、このように商品によって相対的に変わってくる。

テキサスバーガーのエッセンスは何か。
それは、フライドオニオンだった。
今は、トルティーヤチップスである。

テキサスバーガーはエッセンスが変わり、テキサスバーガー2021になったのだ。
と、
本当にそれだけだろうか。
違う、と私は思っている。そうでなければ、わざわざエッセンスの話などしなかったはずだ。ここからが大事な話ーーー

おおっと!今、危ないところだった……。熱心にレポートを書いている私を訝しんだのか、店内を巡回中の〈クルー〉が足音もなく忍び寄り、手元を覗き込もうとしていた!それよりも一瞬速く、気配で気付いた私はとっさにゲームアプリを起動し、いかにも現代の娯楽に興じて周りが見えなくなっているかのように、装うことができたのだった。〈クルー〉は立ち去った。顔をあげて慌てた表情を晒す、もしくは接近に気付かず書かれたものを見られたりしていたら……考えるだけでおぞましい。ここがどういう世界か忘れた瞬間、私はこの世界に飲み込まれるだろう。日に何度も頭をよぎるこの言葉の重みを改めて認識し、まじないのように声に出さず唱えた。何のことを言っているのか分からないかもしれないが、「この世界」の2021年はオーウェルが書いた「1984年」に限りなく近いものになっている、とだけ言っておこう。店内の空調は明らかに効きすぎていたが、急激に上がった体温を冷ますにはちょうどよかった。

さあ、長い旅もそろそろ終わりが近づいてきた。

テキサスバーガー2021問題の本質は、エッセンスがフライドオニオンからトルティーヤチップスに変わったという点にあるのではない。
問題は、エッセンスを自覚的にプロモーション(販売促進)に結びつけようとするマクドナルドの手法そのものにあるのだ。

公式のポスターに写っているテキサスバーガー2021のイメージ画像を見ると、バーガーの上層からはみ出んばかりのトルティーヤチップスが正面にベストポジションで捉えられている、のみならず、なんとバーガーの外にトルティーヤチップスだけ抜き出されるような形でさらなる強調が加えられている。
以前は、というと最も近い年は2018年だが、テキサスバーガーのエッセンスがフライドオニオンであることはおそらく誰もが勘付いていたとしても、このようにマクドナルド側からエッセンスを全面に押し出す形でのプロモーションは展開されていなかった。

人々はもはや商品に対する既視感が強く、新しい商品の新しい部分(エッセンス)にだけ注目するようになっている。
マクドナルドはもはやそれを折り込んで新しいエッセンスを考案し、アピールしてくる。

このような状況は結果的にテキサスバーガーそのものに不幸をもたらした。

テキサスバーガー2021が発売されることを知った時、あるいは街中で、あるいは店内でポスターを見た時。そのとき私たちは、ああ、今回のテキサスバーガーはフライドオニオンがトルティーヤチップスに変わったのだな、ということを食べる前から意識し、その変化を確認するためにテキサスバーガーを食べなかっただろうか。

エッセンス・プロモーションの展開によるテキサスバーガー本体の疎外こそ、最大の問題である。

答え合わせのような食べ方が、食べるということそのものを貧しくするからだ。これはマクドナルドに限った話しではない。私は……

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