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放課後のメロディ

軽やかな飲み口とともに、やわらかく、甘い香りが広がっていく。ナッツのようなフレーバー。苦味はあとになってから、ほんのりと感じられた。

9月7日。僕は夕暮れに堀口珈琲店を訪れていた。5月にリニューアルオープンして以来、初めての訪問だ。前から綺麗だったお店は、より一層綺麗になっていた。








さて、僕はどうしてここに来たのだったか。あたかもブラジルコーヒーの魅力を再発見するかのように、その理由を記憶の中に見出してみよう。


記憶の中に見出すまでもなく、スマホの写真フォルダの中にあった。最近は便利だ。

そうだ。僕らは母校の体育祭を一部見学し、そのあと、カラオケに行ったのだった。

不思議な感覚だった。そのこと自体が夢のようなのに、その夢の中で僕はまた、夢を見ていた。
その日は、部活が少し早めに終わったのだろうか。珍しいけれど、そんな日もあったかもしれない。帰るつもりで楽器室にギターを置きに行くと、つねにない、そわそわとしたざわめきを肌に感じた。やがてピアノの和音とどよめきが響いてきた。後ろの、音楽室の方からだ。四角い窓に切り取られた青い空。白と黒の制服姿。そして肝心のピアノは見えない。誰が弾いているんだろう。
「あ、先輩」
そのうちの一人が僕に気付く。あっという間に腕を引かれ、人の波にもみくちゃにされながら、気付けば僕は渦の中心へ、ピアノの前に躍り出ていた。
ああ、やっぱり君か。
そう言われたのか、言ったのか。分からない。ただ、その程度の短さで十分だった。伴奏が新たに始まり、僕は歌を

「先輩」
声がして、我に返った。どうやら一つ、夢が醒めたらしい。
「どうですか、最近のUVERは?」
そんなことを聞かれるとは思っていなかったので、僕は戸惑う。「君の方が詳しいだろう?」と言いかけて、いや、そうではない、と思い止まる。そういうことではないのだ。

結局、カラオケには1時間半ほどいた。食事でもしながらもう少し話したかったが、このあと用事があるらしい。僕らは駅で別れた。僕はあの問いかけに、どんな答えを返すべきだったのだろう。そういえば、あの日の音楽室の曲もUVERworldだったな……。
そんなことを考えるともなく考えながら、僕は堀口珈琲店の前まで歩いた。

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