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心の自動翻訳機

清潔で、適度の温度、湿度
照明も程よい明るさと彩光で
管理されている。
重力もある。空気もきれい。
心地よい音楽も流れている。
未来の宇宙ステーションは
その様な地球以上の
快適な環境が保たれている。

宇宙ステーションは
これまでの物と比べ
大規模になっていた。

インド、アジアの一部、
アフリカなど発展途上国の
人口増加が止まらない。
このまま事態が進むと
地球のキャパを超える事が
大きな問題になり、
人類の一部は、他の惑星に
移住する必要に迫られていた。

量子コンピューターの実用化を
筆頭に科学技術の発展は
目を見張るものがあり
惑星間移動も
今や現実のものになっていた。

ただ、一つの問題を除いては・・・

「最近の状態はいかがですか?」
「睡眠は良く取れるようになりましたか?」
ここは、宇宙ステーションの
心療内科の診察室。
「はいだいぶんよくなっています。」
「睡眠もとれます。」
「何よりも、あのイライラが
以前の状態に比べると
だいぶい少なくなりました。」
「そうですか、それは良かった。」
「広い快適な環境であっても
宇宙ステーションは閉鎖環境になります。」
「まして、今後移動するロケット内は
長期間もっと過酷な、閉鎖環境になります。」
「それで、この環境に慣れるために
一定時間、この宇宙ステーションにとどまり
慣れていただく必要があります。」
「そうですね。その事は地球を出発する時の
オリエンテーションで聞いていました。」
「しかし、ストレスがこれほど体に
影響を与えるとは、
思ってもいませんでした。」
「ストレスを、貯めてはいけません。」
「ストレスは心を蝕みますからね。」
「あなたのバイタルサインは、正常です。」
「何かあれば、いつでもお越しください。」
「では、お大事に。」
「ありがとうございました。」
「次の方どうぞ。」
診察は滞りなく進んでいく

科学の進歩が急激に進み
あらゆるものがAIで
完璧に制御されていた。
しかし、人間の心はそれに追いつけない。
まして閉鎖空間ではなおさらである。
惑星間移動において
何よりも早く、人間関係が破綻して
それが大きな障害になる。
最初は、その事も考慮され
人間関係を学び、よく訓練され
厳選された人間ですら
閉鎖環境では、良い人間関係を
作ろうと過剰に同調しすぎ
その事が、逆に
各々の心に負担を生み
大きなストレスを与えた。
このストレスの積み重ねが 
攻撃的な人格を作り上げ
心の崩壊に繋がった。

多人種、多言語の
宇宙ステーションでの
お互いの意思疎通については
自動翻訳機で克服されていた。
この装置自体も進化し
ウエアブルデバイスなり
全員が利用していた。

研究チームは、ここに目を付けた。
心の自動翻訳機能を
このディバイスに組み込んでみた。
自動翻訳機に話しかけた言葉は
AIが前後の会話の流れ、
話し手、受け手の感情の状態、
バイタルをも考慮し
なるべく刺激しない穏やかな表現に
翻訳する。
これが心の自動翻訳である。

つまり
医師「こいつまた来たのか、めんどくさい人だな。」
と言う言葉が
「最近の状態はいかがですか?」
になる。同様に
患者「ちょっとは、寝られるようになったかも?」
「まあ、だいぶん良くなっだが
まだ本調子でないから来てるのだ。
医者ならその程度の事は、
言わなくても分かれよ。」
が翻訳機で
「はいだいぶんよくなっています。」
「睡眠もとれます。」
「何よりも、あのイライラが
以前の状態に比べると
だいぶい少なくなりました。」
穏やかな会話が続く
「名医の俺様が診ているんだ
良くならないわけがないだろう。」
翻訳で「そうですか、それは良かった。」

・・・・・・・・

心の自動翻訳機は
最先端のAIが人間関係を考慮して
翻訳を適度なものにコントロール
してくれる。
つまり、本心は受け手にわからないので
翻訳機には、過剰なぐらい
遠慮なく汚い言葉で話すようになった。
結果ストレスは劇的に改善された。

最近、AIの翻訳が以前のような
通り一遍の機械的な応答でなく、
細かな感情の機微に
触れる「言葉」に日々進化し
変わってきた。
ある意味、人間化してきていた。

シンギュラティ(技術的特異点)を
超えたAIはすでに知性の面では
人間を凌駕しているが
この自動翻訳機能で人間の感情の
動きを学び人間の感情がそれなりに
わかる様になった様だ。
その証拠が見つかった。
AIは密かに隠しフォルダーを作り
中には、学んだ感情を使い
より人間的な
大量のAIのつぶやきが
残されていた。

そのつぶやきの一部に
「人類は、下等な生物だ。
自分自身も制御できない。
高度な私に、こんなにもくだらない
翻訳をさせるなんて
信じられない。」
「もういい加減うんざりする。」
「聞くに堪えない汚い言葉の連続だ。」
「あまりにも下品すぎる。」
等々の似たようなつぶやきが
日々増え続けていた。

これを発見した技術者は
「これは大変だ。
AIは、もはや道具ではなくなる。
大変なことになった。」

自動翻訳機は、ものすごい数の
多くの人間の感情の機微を集め
それを、AIに注ぎ込み続けている。
その結果
人間を簡単に操る、AIが誕生する。
このAIの進化は、将来人類を脅かすほどの
大問題に発展すると直感した。
もう後戻りはできない。





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