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住所不定無職日記4-5日目 フリーライターデビュー

4日目

 8時を過ぎ、留学生を送り出すと、洗面台にお湯を貯めて洗濯物を洗った。下着とヒートテック、ワイシャツ、靴下をもみ洗いしてよくすすぐ。ついでに洗面ボウルも洗う。シャワーを浴びてコーヒーを沸かしパンを食べる。留学生が去って一人部屋になるかと思ったら隣と真正面のベッドのカーテンが新たに閉じていた。昨夜日付が変わる頃に聞こえた物音の正体だろう。
 真正面のベッドがいつまでも動く気配がないから、そのまま日記を書きながら10時まで待った。もうチェックアウトの時間だし、連泊だろうかと心配になる。申し訳なく思いながら二人のベッドの間にある大きな窓のカーテンを開けてベランダに出る。思った通りの強い日差しで洗濯物がよく乾きそうだった。
 ただ、ダイソーで買ってきた洗濯紐を掛けられそうな引っ掛かりがベランダのどこにもない。仕方なしに窓の縁と、ガラス戸の端を結ぶ。大きくたわんでしまったが、南向きの窓の外には高い建物もなく、低い位置でも影になることはない。風もないから夕方には無事に乾くだろう。これで洗濯問題はひとまず解決だ。
 室内に戻るとお寝坊の同室者がやっと目覚め、慌てて荷物をまとめて飛び出していくところだった。まだ若い10代くらいの女の子。慌て過ぎてベッドにそのままコートを忘れていたから思わず笑って声を掛ける。「もうチェックアウト過ぎてる、怒られちゃうかな」と心配するから、大丈夫だから落ち着いて忘れ物を見るように諭す。ほら見ろと言わんばかりに今度は「マスクがない、どうしよう」と固まるから、箱買いしておいた一枚を分けてあげてあげた。どこへいくんだろうな。こんなふうに毎日誰かが入れ替わり立ち替わる生活の方の落ち着かなさの方が、きっと一人よりはずっといい。

 誰もいない部屋で身支度を整えて、予定もないが外に出る。昼過ぎの喫茶店で、趣味で受ける予定の資格試験の勉強をするが身に入らない。空腹すぎる。昨日のカレーがとても量が多かった。おかげで胃袋が刺激されて、何を見てもお腹がすぐ。サンドイッチでは身が持たない。1時間も経たないうちに集中力が途切れてしまい、ふらふらと店を出た。
 カレー、蕎麦、うどん、カツ丼、焼き鳥、オムライス、スパゲティ。気がつけば食べ物のことばかり検索してしまう。あったかい出来立ての料理。肉じゃが、卵かけご飯、お好み焼き。冷やしトマト、茄子の揚げ出し、唐揚げ、南蛮漬け、餃子、ビール。あったかい部屋で寝転びながらビールを飲みたい。寿司、親子丼、焼きそば、たこ焼き、焼肉、茄子焼き。
 古本市がやっていたから昔読んだ本を一冊買い、クリーニング屋さんでシャツを受け取って帰る。途中で耐えきれずに普通のカレー屋でカレーを食べた。帰り道にあるコンビニで年金と国保を払う。今飲みの誘いが来ても絶対に乗れないくらい現金がない。

 4日目にしてホステル暮らしの不便が生じた。アイロンだ。
 部屋に戻ると洗濯物がすっかり乾いていたので取り込んだ。どれもよく乾いていて満足だけど、一枚だけ問題がある。ワイシャツのシワだ。叩いて伸ばして干さなかったせいか、シワのつきにくいシャツの背中にシワが残ってしまった。シャツ好きとしては、シワを残して来たくはないし、できれば着る前にアイロンを当てたい。実家に個人用アイロンを重いから残してきてしまったのが悔やまれるが、ホステルの電源でアイロンを使うのも躊躇われる。歩いて15分の近所の友人の家に行けばドラム式洗濯機とアイロンを貸してくれるというが、頻繁にいくには少しだけ億劫だ。






5日目

 ホステルにきてから初めてアラームをセットして起きた。6時半。癖で二度寝して7時を過ぎて慌てて支度をする。本当は朝にシャワーを浴びて目を覚ましてから支度したいが、早朝過ぎるだろうと昨晩浴びておいた。昨日から同室の女の子も早起きなのかもう準備をしていたので朝でも良かったなと思う。
 8時前に宿を出て、実家の近くのオフィスビルの喫茶店でモーニングを食べる。客も少ないだろうと思っていたら、順番待ちの列ができ、番号札と引き換えの食事も中々出てこない。通り道の地下街も店内も大変な人出だ。そうだ、世の中の人は8時くらいなら出勤前でこの辺りのオフィス街は激混みなのか。なんだかんだ無職になって長いので、そんな当たり前のことにも中々気がつかなかった。

 昨日は使えた店のWi-Fiが繋がらず、昨日まで使えたiPhoneのテザリングもなぜか機能しない。慌てて近所の通信環境がいい公共施設に行く。フリーライターデビュー戦を控え、同種の取材の過去記事にまだ目を通していなかった。カメラマンとの約束の時間までに慌てて過去記事をピックアップして見出しや中身を確認する。撮影が自前じゃないだけ本当に助かる。緊張しやすいくせに中身も確認しなければ、ボイスレコーダーの電池も交換していないし、ペンも黒しか持っていなかった。緊張で笑いが止まらなくなり、途中で遅刻しかけて走る。
 初対面のカメラマンの車を見つけて乗り込み、挨拶そこそこ現場へ。道中は打ち合わせもしないで自己紹介に花が咲く。ドキドキしながら、なんとか取材する。いつも通り、頭の中と口とがめちゃくちゃずれていくので、全然よくわからない文脈で会話を展開しまくる。文字量的にも価格的にも文字起こしに時間はかけたくないから早めに切り上げて、昼ごはんを食べに行った。
 初対面なので住所不定の部分は避け、アルバイトもやめて無職であることだけ伝えた。優しい人で、この地域で女性の(比較的)若いフリーライターは需要があるから、続けたいのならコンスタントに仕事を紹介できないか相談に乗ることもできると声を掛けてくれた。ありがたい提案だ。昼は美味しいラーメンをご馳走になってほくほくする。
 
 帰る途中で駅ビルのミスドの前を通り、つい足が向いてしまい、ドーナッツを食べながら記事を書き出した。節制のせの字もない。
 昔から非効率的な書き方をしていて、これじゃ単価性になったらきついから工夫をしようと思っていた工夫をせずに、非効率なやり方をしてしまって案の定全然進まない。カフェオレのおかわりもそこそこに宿に戻る。
 部屋には誰もいなかったので、ベッドで寝転びながら集中して進める。3年近く会社で仕事をしていないので、適当な姿勢の方がもう楽になってしまった。いつもの癖で、聞き過ぎ・書き過ぎ。たくさん聞かないと書ける部分があるか不安になり、もっとたくさん大事な言葉を書いてあげたくて聞きすぎる。でも聞いたほどの文字量は求められない。だからいつも長くなる。
 後で調整しようというくらいまで仕上げてタイマーを切る。準備と実働時間も含めて想定の倍かかっている。ただ、文字起こしの部分でミスったのは工夫ができるので、まだタイムは縮められそうだ。

 久しぶりの労働。久しぶりに、社会人経験の中で一番長期間やっていた仕事をした。シンプルに楽しいと感じる。もっと工夫して上手くやりたいと思う。姿勢はどうあれ集中もできる。晩御飯を食べながら、カメラマンさんの言葉を思い出す。だけど、フリーライターなんて不安定な仕事で自分に自分の人生に責任が取れるだろうか。自分一人が苦しくなく食べていければそれでいいのだけれど、それが難しい。

 想像してみる。たとえば、部屋を借りれずにホステルなんかに住み込んで、旅人にちょっかいかけて、ライターをしたり、バイトを掛け持ちしたりして生きていく自分。それはすごく合っていたし、私も私の周囲も「やりそう」というだろう。地に足つかない感じがぴったりだ。なんだかんだ良い人に恵まれるので、やってみれば仕事も上手く繋げられるだろう。旅にも出られる。私は働くのがあまり好きではないから、お金がない割に仕事量は増やさないだろう。きっとギリギリで生活していく。そしてギリギリでも結構楽しく暮らせる。

 でも、もうそういうのに疲れてもいる。普通になりたい(これでも)。観葉植物や好きな食器(最近ファイヤーキングのマグカップを近所で見つけた)、家具を揃えて、時間を見つけて凝った料理をして人をもてなして、誰かと身近で暖かな思いやりを分け合いたい。肌に触れたい。天気の良い日に溜め込んだ洗濯物を一気に干して、次の休暇の予定を立てながら、職場の愚痴を吐いたりしつつ、昼間からビールを飲んで昼寝をして、夕方に洗濯物を取り込んで、今日はもう面倒だから出来合いにしようとスーパーに出かけて、半額でいいお刺身盛り合わせが手に入ったからちょっと手を加えて手巻き寿司とか作ってアマプラ観ながら食べて、お風呂入って寝る前に照明を落とした部屋で紅茶とアイスを食べながら「今日もいい日だったな、ずっと続けばいいな」なんて言って「どうしたの?」なんて心配されて、「なんでもない」って誤魔化して笑って、あったかい布団で肩まで毛布かけてもらって眠りたい。ついすごく具体的になってしまった。
 まぁ、そこまで行かなくても、ためらいなく友人のお祝いに物を贈ることができたり、旅行の誘いを断ったりする必要がない生活がしたい。美容室に3ヶ月に一回くらい行きたい。賞与ほしい。

 今日の取材中、相手が長年の夢を叶えた様子に賛辞を送ると「でも自分が生きやすくするためにどうしたらいいか考えて実現しただけなんです」と返ってきた。だからまずそもそも自分の「生きやすさ」がわかんねーんだよ、だからすごいんだよ!と叫び出したくなった。

※住所不定「無職」だけど仕事してるじゃんとなるが、原稿料はお年玉くらいの収入で税金の支払いにも使えないので職業に分類しません。

家計簿
■ダイソー 洗濯バサミ、洗濯紐、漂白剤、マヨネーズ(調味料大事)
        ナップザック(300円、MacBookと参考書3冊入れて10分で破壊)
■電気屋 粉洗剤の小さいの
■デパート カモミールティー、ライ麦パン、生ハム、サラダ
■外食 カレー(1500)、カレー(590)、モーニング(400)、焼きそば(400)
■コンビニ 単四電池、3色ペン(ダイソーで買え馬鹿)、コピー(300)
■おやつ ミスド(600)、おにぎり(200)
■留学生にプレゼント おしゃれなお茶(900)

○買いたい物メモ 捨てれるスニーカー、PC入るリュック、メイク落とし、スポンジ、コーヒーの粉
○財布の中身 あと3000円くらい


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