【夢怪談】ややこしい家
――――夢を見た。
僕は、とあるマンションの一室に引っ越した。
一般的なマンション。
間取りは1LDK、家賃の話はしていない。
何故か入居の日、僕の部屋に荷物を運び入れたのは引越し業者ではなく不動産屋の人達。
男女区別なく皆ぴっしりとスーツを着込んで、重たい家具を運び入れてゆく。
そしてその不動産の人々、僕の事は居ないものとして扱っていて僕の私物を無言でそこかしこに配置してゆくのである。
みるみるうちに、勝手にその家具はそちら、この家具はそこ、その台の上にはその家電と配置を決めて荷物を運び入れ並べてゆく。
社員らを見ればそれぞれメモを見ていて、そのメモには“南の角にタンス”“冷凍庫の中に電子レンジ”“炊飯器は玄関”など書かれている。
一体全体、どういう事なのか。
すっかり家具が配置されて、不動産屋の1番のお偉いさんが“よし!”と頷いて、それを聞いた社員達が一斉に部屋を出た。
それに続くようにして最後に部屋を出ようとしたお偉いさんは玄関のドアを閉める際に
「ややこしいんですよ、この家」
と一言、呟くように言って出ていった。
(……なんだったんだろう)
僕は家具がすっかり配置された部屋を見渡した。
何ともいえず、家具の配置がとにかく気持ち悪い。
とりあえず玄関に置かれた炊飯器を台所に移したり、冷凍庫の中に押し込まれた電子レンジも流し台の横に移動させたりする事にした。
家具は重たくも何ともなくて、すいすいと手軽に動かせた。どれもこれも羽のように軽い。
こうして夜、やっと“自分の部屋”が完成した。
(何でこんな変な風に配置したんだろう)
そう思いながら、夜も僕は紅茶を淹れることにした。
もう夜は遅くて夕飯を食べる気はしなかった。
気持ちカロリーを多めに、と言う気持ちで冷たい牛乳に紅茶のティーパックを2つ放り込み、電子レンジに突っ込んだ。
――――ピ、ピ、ピ、
電子レンジ、温め、飲み物。
カップ一杯分、65℃の設定。
家電の低く唸るような可動音と共に電子レンジがゆっくりとカップを温めていく。
ぼんやりと光る庫内。
ミルクティーが出来るまでの間、それを眺めている事にした。
その時。
……パチン、と。
庫内が点滅した。
――――パチン。
もう一度庫内の電気が消えて、ついた。
パチン、、パチン、、パチン、、
パチン、パチン、
パチパチパチパチパチ、
電子レンジの庫内が激しく点滅している。
驚いて中を覗くと
パチリ、
庫内の中に、みっちり詰まった女の顔と目があった。
僕は思わず後ずさった。
ドン、と背後の棚に背中がぶつかる。
〈わあああ〉
と、男の声がした。
振り向くと同時に後ろの棚の上、炊飯器がぱかりと開いた。
〈いたあぁあぁい〉
低い男の、笑いを噛み殺したような声がした。
僕はたまらずキッチンを出て、玄関に向かう。
すぐに家を出なければ、と、それだけを考えていた。
それなのに玄関にいつも履いている革靴がなかったものだから、勢いよく靴箱を開けると靴は全て抜き取られていて中身は空っぽだった。
その代わり、1枚だけメモが入っていたからそれを拾い上げる。
“出ていくと家が悲しみます。靴は捨てておきました”
後ろの方で、廊下と部屋の蛍光灯が付いたり消えたりしている。
パチン、パチン、と電子レンジが点滅する音が聞こえる。
炊飯器のフタがガチャガチャと音を立てている。
食器棚の食器がぶつかり合うような音が聞こえる。
水の流れる音。
カーテンが開いたり閉まったりする音。
窓ガラスが叩かれる音。
振り向く気にはならない。
僕は黙って玄関のノブを握った。
そっ、と。
ノブが手を握り返してきた。
柔らかく暖かい感触が左手を包み込んでいる。
おそらくそれは、何者かの手。
(どうすればいい?)
心臓がどくんどくんと脈打って、恐怖で押しつぶされそうになった時。
ポケットに入れていたスマートフォンが震え出した。
着信だった。
僕はもう片方の手で、電話を取り出して通話を受ける。
「ややこしいでしょう、この家」
スマートフォンから昼間の不動産屋の声がした。
それと同時に後ろから“ぎゅ、”と何かが抱きついてきた。
〈このいえ、ややこしいでしょお?〉
スマートフォンからではなく、直に届いた声。
何者かが後ろから、僕の身体に腕を回して抱きついてきている。
〈この家、住んでるものはいっぱいいてえ〉
へへへへへへ、と。
今にも大笑いしそうな男の半笑いの声が耳に直接届いている。
それに共鳴するように〈キャハハ〉と楽しそうな女の声がドアノブの方から聞こえた。
左手を包み込んでいた何者かの手、その握る力が強くなり爪が手に食い込む。
痛みに思わず手元を見ると、真っ青なマニキュアをした長い爪の手首が壁から生えている。
手首は、切り傷に塗れてズタズタだった。
〈だぁめ〉
若い女の、楽しそうな声がした。
背後の男はくつくつと笑いながら、
〈……でも家っていうのは生きた人が住まなきゃ家じゃないですから……〉
そう、僕に囁いた。
地震のように部屋が揺れ始めて僕は立っていられず膝をついた。
膝をついた時、目の前にあの不動産屋の男の顔があった。
〈だからぁ、ずっとすむんだよぉ、この家のために〉
その顔は、それはそれは晴れやかな笑顔だった。
――――そのあたりで目が覚めた。
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