尻の毛の断捨離

自粛期間が続き、家にいる期間が増えた。外に出る用事といえばたまの運動や買い物、郵便物の投函くらいのもので、家の周囲2km圏内にやんわり軟禁されているような状態が続いている。

古着を買いに下北沢に行くことも、大学の近くのカフェにフラッと入ることもない。思い返してみれば、四月に入って以来飲み屋街もサウナも一度も足を踏み入れていない。
ちょっとした金や莫大な無駄と引き換えに、僕たちは虚無の時間を手に入れた。

家から出ない生活とは、それ即ち無駄を削ぎ落とすことに他ならない。
満員電車に揺られた通勤通学時間、はんこ文化、身を削って参加する取引先との飲み会。日常は他者との接触を可能な限り排除する生活に様変わりした。ニュースでは盛んに「効率化」という三文字を目にするようになった。

僕はというと、スマホでYouTube・TVer・radiko・Instagram・Twitterをぐるぐる巡って一日を過ごしている。
買い替えたばかりの新品のiPhone8の使用時間は、言うまでもなく格段に増えている。四年間使いこんたiPhone6sはバッテリーの最大容量が64%にまで減っており、ほぼ使い物にならなくなっていた。充電しながらでないと使えないスマホなんてスマホじゃない。

ある日、いつものようにTwitterを流し見していると、僕は「いまや陰毛・尻周りの毛を切り揃えるのは男の身だしなみだ」という記事を見つけた。
読んでみると、なるほど理解できる内容だった。
その記事には、排便時の清潔さ・見かけの大きさの変化・絡まり方の変化について書かれていた。確かに、ケツがツルツルの方が拭きやすいし、デカく見える方がいいし、エレベーターのベルトコンベアに指を挟むかの如く毛が絡まる事案は、可能な限り起きない方がいい。

かくして、僕は引き出しからハサミを取り出して風呂場へ向かった。
風呂場の鏡と対峙すると、少し赤茶がかった毛がいつもより多いように見えた。意識していない時との差だろうか。その存在を意識し始めると、途端に邪魔に見えてくる。
毛を水で少し慣らし、可能な限り真っ直ぐに伸びた状態でハサミを縦に入れる。以前、前髪は横に切ってはいけない、ひと房ずつ手に取って縦にハサミを入れるのだと聞いたことがある。僕はその前髪の要領で陰毛を刈り始めた。
すると、白いタイルにはらはらと黒い山が積み上がる。色のコントラストも相まって、山は少しだけ壮観だった。多少時間がかかったものの、陰毛はとりあえず満足がいく出来になったので、一旦シャワーで洗い流して尻の毛に移ることにする。

これが案外大変な作業だった。手元がうまく見えないのだ。
四つん這いになって鏡に映る尻を覗いてみたり、腹筋の起き上がった体勢でキンタマごと下腹に押し付けて尻を覗いてみたりするもなかなかうまいこといかない。少しハサミを入れる位置を間違えると、柔らかい尻周りの皮膚を切りつけてしまう。これがかなり痛い。

結果として、髭を剃る時のシェービングクリームを塗布して髭剃りで剃ることに決めた(髭剃りの刃はこの直後に捨てる予定のものを使ったので心配なさらずに)。
これが案外上手くいくもので、髭剃りを手にした数分後には僕の尻はツルツルになっていた。こんなことならはじめから髭剃りで剃ればよかった。

僕は、長い毛に塗れた髭剃りをシャワーで洗い流しながらあることを考えた。
もしかしたら、陰毛の生え際も髭剃りで整えたら、もっと見栄えがよくなるんじゃないか。
確かに、今のところ毛先は切り揃えることができたものの、生え際の処理が甘い気がする。
そして、僕はシェービングクリームを陰毛に塗り、思いのままに髭剃りを赤茶の山に滑らせた。

翌日、目を覚ますと、僕は夏用に替えたばかりの掛け布団を剥ぎ、パジャマの下をペロッとめくった。
股間を覗いてみると、昨日の成果のおかげか毛は絡まってはいない。そう喜んだ少し後に、あることに気づいた。
最後に髭剃りで生え際を刈り揃えた部分がめちゃくちゃ痒い。
そういえば、数年前に髭剃りで陰毛を全剃りしたあと股間が痒すぎて一週間ほど悶絶したことを、あの瞬間はすっかり忘れていた。だからこそハサミを使って切り揃えたのに。なんでテンションが上がって忘れちゃったんだろう。あの時に戻れたなら……。
喜びは吹き飛び、自分の馬鹿さ加減への後悔と猛烈な痒さが襲いかかってくる。
ただ、今更どうこうできるものでもない。僕は諦めてパジャマを履き直し、リビングに向かった。

陰毛なんて、間違いなく無駄なものだ。でも、無駄なものにこそ見出せる価値がある。
果たして、断捨離して無駄を削ぎ落とすことが正義だろうか。方法を選ばずに遮二無二無駄を削ぎ落とそうとすれば、必ず歪みが生まれる。
だからこそ、無駄と折り合いをつけて、うまいこと共存することが大事なんじゃないだろうか。

"馬鹿とハサミは使いよう"とはよく言ったものだ。
赤くかぶれた生え際を思いながら、僕はそんなことを考えた。

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