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【FGO EpLW ユカタン】第一節 猶加敦憂愁(ユカタン・ブルーズ)

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なんてぇ暑さだ。

時刻は夕方。空は快晴。湿度はまだしもだが、温度がひでぇ。もうちょっと気候のいい場所にしやがれ。と心のなかでぼやいたら、少し涼しい風が吹いた。俺の黒髪をふわりと揺らす。うん、魔術の素質があるのかもな。

藍色の半袖シャツの前ボタンをいくつか開け、グラディエーターサンダルの紐を直して、立ち上がる。

上を振り返ると、喉を掻っ切られた仰向けの死体が、祭壇の上で血を流している。その顔はヤクでガンギマリで、とても幸せそうだ。

……いや、幻覚だ。目の前ですうっと消えた。目を逸らし、南側の階段を降りて、夕日が照らしている麓の都市へ向かう。壮観だ。

白い舗装道路が縦横に伸び、大建造物が聳え立つ。壁面は漆喰で塗られ、極彩色の絵画と装飾が施されている。目がチカチカする。階段の脇では、俺に向かって神官どもがひれ伏し、香炉から漂う樹脂の煙を捧げていた。ありがとよ。タバコ、あるかな。

都市には猥雑な活気が溢れている。都市は市場だ。近隣から、遠方から、いろんな物資が集まり、散じていく。人も、情報も。貨幣はカカオ豆、貝殻、布地。多少の金や銅、貴石の類。都市の外には、緑豊かな農園と熱帯低木の密林が地平線まで続く。その中にぽこぽこと、別の都市のピラミッドが突き出しているのが遠くに見える。

ここは、中米メキシコ。ユカタン半島北部の巨大都市国家『チチェン・イツァ』。年代は―――キリスト紀元で一千年。ワオ。


ガキの妄想かB級映画みてぇな話だが、俺は魔術師のはしくれ、ってことになってる。つっても、たいした事は出来ねぇ。はしくれだからな。

魔術師(マジシャン)ってのは、古代メソポタミア―――「カルデア」の占星術師の「マギ」が語源だそうだが、その「カルデア」を名乗る魔術師の秘密結社が、俺をこんなところに送り込んでくれたというわけだ。歴史のどこかに現れた、悪のなんだかを退治して、『聖杯』をゲットし、世界を破滅から救う。俺様はタイムパトロール・ヒーローってわけさ。

……と、掌の中のこの水晶髑髏(クリスタル・スカル)がそう言ってたが、あまり信用ならねぇ。ポップコーンとビールが欲しいところだ。冷房のきいた部屋とカウチも。正確には、この俺の傍らで煮えくり返ってる、ヨーグルト製のオバケみてぇな奴がそう言ってるのを、水晶髑髏が翻訳したらしい。それと、俺自体がヒーローなんじゃなくて、『サーヴァント』とかいう、ヒーローの幽霊を喚び出して戦わせるんだと。敵もそういう、ヒーローの幽霊だと。

―――やっぱり、ガンジャのやり過ぎかな。それとマジックマッシュルームをチャンポンにしたのがヤバかったか。あれも確か、メキシコ産だったからな。きっと、賞味期限切れだったんだろう。

◇◇◇

『―――おい、聞いとるンけ。◆◆◆よ。「マスター」よ』

「るせぇな、聞いてるぜ。オーケイ、お前の言った事は全部分かった。理解した。間違いなく、これは幻覚だ。トリップしすぎたんだ」
『ああ、ある意味ではの。トリップしとる。お前さンは、もともと「ここ」にいちゃァなンねえだ。「あっち」にもいなかっただ。お前さンでねくて、フジ……フジヤマだか、フジマルだか言う日本人がやるはずだと、そう、こいつが言うてるだ』
「日本人かァ。あいつら、未来に生きてるからなぁ……」

時間は少し前。チチェン・イツァの「エル・カスティーヨ」こと「ククルカンの神殿ピラミッド」の頂上付近。俺はそいつらと現状を確認していた。生憎、来た時期が春分や秋分とはズレてたようで、有名な「羽毛の蛇の影」を見ることは出来なかったが。左手に載せたそいつに話しかける。

「水晶髑髏ってな、19世紀にドイツで作られたんだろ。テレビ番組でやってたぜ」
『これはほれ、姿を借りとるだけよ。ウソ偽りでも、ここに縁があるちゅうて、そンなふうなもンになってるだ。あ、おらのクラスはな、「キャスター(魔術師)」だ。そうなっとる。言い忘れてただ』
「キャスターのくせして、自力じゃ動けねぇのかよ。台車の下で転がれそうにもねぇな。それとも薬味入れか」
『違うだ。魔術師。「呪文(スペル)を投げかける(キャスト)もの」。おらとお前さンで一人前、ともいかねえだが』

はぁー、とため息一つ。右掌を、無精髭の伸びた頬に押し付ける。舌打ちして、「正直に言う。わけがわかんねぇ」
『そうだろな。お前さン、ド素人の一般人だものな。ちゅうて、あンでか魔力回路はシャンとしとるから、マスターとしては不足はねえだ。なンか、どこかで混線しただな。たまーにあるだ。その、フジヤマと、お前さンが、入れ替わっちまっただ。たぶン』 

「そうかい。じゃあ、そいつはどうしてんだろうな。アメリカはロサンゼルスの俺んちで、ガンジャとキノコをキメてラリッてんのか……」
『そうかも知ンねえ。おらには、もう起きてしまったことを、後から知ることしか出来ねえだ。未来(さき)のことを予見したり、よその世界のことを知ったり、相手の正体を看破したりは、おらの得手でねえ』

はぁー、とため息をもう一つ。右掌で額を覆いつつ、指でこめかみをほぐし、「なんでお前なんだ。せめて、お前の兄貴の方をつけてくれよ。遥かに頼りになる魔術師だと思うぜ」
『アトラス兄者は、山になっちまっただ。メノイティオス兄者は、タルタロスに落ちちまっただ。ほンで、プロメテウス兄者は、今や不死の神様だあ。偉すぎらあ。おらぐらいが、ちょうどええだ。お前さンには』

ガキの頃、学校の図書館の、童話コーナーで読んだことがある。ギリシア神話の、わりかし有名な奴。

「『エピメテウス(後から知る者)』か。後先考えねぇ、バカの代名詞みてえなもんじゃねぇか」
『知らねえ、よりゃマシだあ。後悔は先に立たねえけンども、おらの知恵(メティス)をお前さンが活かして、未来に繋げりゃええだ。こう見えてもおら、人類のご先祖様だでよ。人類が滅ぶのは放っておけねえ』
「俺はギリシア人じゃねぇぞ。ご先祖様の人種は忘れたが、イングランド系だったと思う」
『おらの親父のイアペトスが、聖書でいうヤペテのことだとすりゃ、お前さンもおらの子孫さ。たぶンな』

真名判明

ユカタンのキャスター 真名 エピメテウス

口の減らねぇ奴だ。だがまァ、こうやって喋ってねぇと気が狂いそうだ。薬味入れ(キャスター)野郎を右手に移し、後ろを向かせる。
「……でよ、結局この野郎はなんなんだよ。ヨーグルトと発泡スチロールの粒を混ぜて、電子ノイズをピリッと効かせたのか」
『だからよ、「カルデア」の、えーとなンちうだ、うン、うン、マッチョ・キリスト?違う?マッシュ・ルーム? あンだって?よく聞こえねえだ』
「マッシュルームか。いい名前じゃねぇか、そいつのせいでこんなとこに迷い込んじまったんだからな」
『どうもツーニングが合わねえ。マシューだろな、たぶン。よくある名前だものな。で、こいつもサーヴァントらしいだ。クラスはわかンねえ』

ああーそうかそうか、ここは電脳空間(サイバースペース)で、こいつはバグっちまってるんだ。そういうことにしとこう。それとも俺の頭がいかれ(バグっ)たか。
「そいじゃァその、マジック・マッシュルーム氏はなんて言ってんだ。聖杯をどうにかしろって―――モンティ・パイソンのアレ、観たことねぇんだよな」
『ンだ。ええと、聖杯ってのは要するによ、でけえ魔力の塊だ。歴史上のどっかに変な歪み、特異点さこさえてンのは、その力らしいだ。誰かが聖杯を送り込ンで、サーヴァントさ呼んで操って、悪いことさせてるだ。サーヴァント以外にも化物が出て来たりするだ。つまり、悪いやつらをぶっ倒して、そいつらが握ってる聖杯(おたから)さ見つけて、奪い取るかぶっ壊すかすりゃええだ。それで万事解決、お前さンも帰れるだ』

目を細め、顔の前に野郎を持ってきて、 「ふーん。それをやらねぇで、ここでボサッとサボってると、どうなる……」
『悪いやつらに歴史が書き換えられて、反動で全人類が根っこからいなくなっちまう、とよ』
「ひっでぇ話だ。どこのオタクが書いた、ヘンタイ・ゲームの設定だ、そりゃァ。マッシュルームでもやってたのか」

よりによって、俺なんかに全人類の命運を担わせる奴があるか。神はよほど人類への怒りを腹に据えかねているらしい。
『だども、これはゲームでねえ。死ンだらそれっきり、リセットは効かねえ。お前さンだけでなくて、おらたちサーヴァントもだ。霊核、首や頭や心臓を破壊されたら、まあ攻撃自体はサーヴァントのものでねえと基本効かねえけンども、おらたちは消滅して、「英霊の座」ちうとこへ戻るだ。そこからもいちど呼び出すには、えれえ魔力と手間暇がかかるだ。「令呪」さ使うか、「カルデア」との通信が確立するかしたらば、なンとかなるだろうけどもよ』

「オーケイ。お前が死ぬ時ゃ、俺も無傷じゃなさそうだがな。―――って、『令呪』って何だ」
『ええと…………あンれ、おかしいだな。お前さン、体のどっこにも令呪がねえだ。……まあええ、まあ、うン、なンとかなるだ』
「気になるな。サーヴァントを生き返らせるようなしろもんが、俺にゃねぇってのか。マジで大丈夫かよ」
『それともちろン、お前さンが死ンだら、おらたち契約してるサーヴァントも諸共に消えちまうだ。戦いの時はなるべく下がっててくンろ』
「お前と契約した覚えなんてねぇーんだが、そうなってんのか―――ああ、ちょい待て、場所変えよう」
人がかなり集まって来た。ここは神殿だ、あんまり長居しちゃよくねぇだろう。俺は立ち上がり、降りて行くことにした。話は道々聞くとしよう。

◇◇◇

俺は神殿ピラミッドの麓、白い舗装道路を悠々と進む。人々が集まり、呆然と見つめる。奇妙な風貌と服装、左手に小さな水晶髑髏、右の傍らに沸き立つ白い亡霊。はたから見りゃ、大魔術師様に見えるだろう。掌を上げて、取り巻く奴らをひれ伏させ、颯爽と歩く。

……お、この匂いは。差し出された供物の中から、火のついた葉巻タバコをスッと抜き取り、鷹揚にふかす。うむ、苦しゅうない。余は地上に降臨した神、救世主であるぞ。崇めよ畏れよ。……なんつってな。事件を解決しちまえば、俺がここにいたって歴史も記憶も修正されちまうんだそうだ。多少バカやったっていいだろう。

現地民と言葉は通じねぇようだ。マヤ語なんか知るか。群衆を手で制して振り切り、俺はキャスターの言う通り、南へ向かって歩いて行く。

『あのピラミッド群は、ククルカン神とか、偉え神々の御座所だあ。あンまりお邪魔すると失礼だ』
「その、ククルカンやらなんやらは、ここの、地元の神々だろうが。面倒事はよそ者の俺たちに任せて、あいつらは寝てんのか」
『あっちはあっちで、いろいろあるだ。国さ護ったり、天候や作物の出来不出来を司ったり、そういうのがお仕事だあ。おらたちは、おらたちの仕事を全うするだ。あっちは化物さ抑えてて、あとはなンやかンや、ちぃとばかり貸してくれるとよ』

そうすると、この葉巻も「貸し」かな。酒はプルケとかぐらいか。テキーラはまだねえだろう。鼻で笑って、
「たいした神々だ。俺は何派だかのプロテスタントってことになってるが、教会なんかガキの頃から行ったことがねぇ。ご利益がなかったんでな」
―――キャスターとマッシュルームからの答えはない。何か言えよ、恥ずかしいだろ。柄にもなく自分語りしちまった。話題を変えよう。

「……で、目的地はどこだよ。ちゃっちゃと聖杯を手に入れようぜ。それからシャワーを浴びて、ビールが飲みてぇ。いい歳こいて、ハリー・ポッター&インディ・ジョーンズごっこはうんざりだ」
『まンず、仲間を集めるだ。この特異点化したユカタンにゃ、いろンな野良サーヴァントが集まって来てるだ。そいつらをなだめたりすかしたり、ぶン殴ったりして言うこと聞かせて、戦力にするだ。あンまり大勢は、お前さんの魔力が尽きちまうから、使えねえだが』
「俺とお前とマッシュルームだけじゃ、敵と戦うわけにもいかねぇやな。話が通じる相手に出会えりゃいいねぇ……って、神々がなんとかしろよ、そういうのも」
『少なくとも、あの都市にゃいねえちうて、神々がおらに伝えて来ただ。えらいピリピリしとっただな』

ふぅ、と嘆息。舌打ち。たいした神々だ。つうか、俺に直接言えよ。
「助力はするが、よそへ回れってか。それじゃ、どこへ行ってやろうかね」
『ユカタンにはこの頃、沢山都市国家があるだ。王様を頂点にして、貴族がおって、庶民がおる。ほンで、神々が祀られてる。サーヴァントがおるとしたら、でかい都市国家のどこかにおる可能性が高えだと。まあ、ジャングルにおる奴もおるだろうけども。ちうて、この時代は南の方の都市がみンな衰退して放棄されてるだなあ……北の方もウシュマルはダメだし、エズナは直線距離でも100km以上あるし……』
「おいおい、遠いな。ジャングルの中を何日歩きゃいいんだよ。一応舗装道路はあるけどよ……熱中症になっちまう」

ぶつくさ言いながら小一時間ほど歩くと、キャスターが『目的地に着いただ』と告げた。日はだいぶ落ち、薄暗くなってきたが、まだ暑い。

地面にぽっかりと大穴が開いている。底には澄んだ水。ひんやりした冷気が漂い、ありがてぇ。周りに沢山の供物や祠があり、人々が灯明を供えて拝んでいる。
『これは「ツォノト(泉)」ちうだ。スペイン語でセノーテ。石灰岩の鍾乳洞が陥没してできた、地下水脈に通じる聖なる泉だな』
「ああ、前に旅行会社でバイトしてた時、パンフレットで見たことある。『ブルー・セノーテ』。こんだけ暑いとこだ、俺だって崇めてぇぜ」
『ン。さっきのピラミッドの北と南にもあるだども、そこは都心過ぎるちうて貸してくれなかっただ。ほンで当然、地下水脈は霊気も運ぶ。霊脈だ。おらたちはまあ霊だから、ここを通って一瞬でいろンな場所に行けるわけだ。霊脈が繋がってればだけンども』

ヒュウ、と口笛一つ。冷たい泉へのダイビングと、遠距離ワープのご褒美か。粋なはからいだ。
「ほー。ロサンゼルスまで帰れるかい。この時代はインディアンしかいなさそうだが」
『生憎、ユカタン半島の北部低地、ここら一帯だけだな。特異点化してる地域から外へは出られねえだ。で、この辺でセノーテがあって繁栄してる大きな都市となると、限られるだな。西はツィビルチャルトゥン。東はコバー。
あとは海沿いのカンクン、この頃はエカブとかニズクとか言うだが―――、その南のトゥルム(サマ)に、コスメル島』

おお、有名な観光地じゃねぇか。ちょっと行きてぇと思ってたところだ、満喫させてもらおう。
「よし、海辺がいい。そっちへ行こう。内陸よりゃ涼しいだろ。裸のねえちゃんもいるかもしれねぇ」
『いるかどうか知らねえが、カンクンがええだか? そこから南に行けば、コスメル島へ渡れるだ』

◆◆◆

「―――どうなってる!? マシュは!? マスターは!? サーヴァントたちは!?」
「反応なし! 応答なし! 観測不能! 存在証明不能! このままでは霊子分解して意味消失……!」

カルデアの中央管制室は、パニック状態に陥っていた。
レイシフトの瞬間、観測者(モニター)であったマシュ・キリエライトが消滅。マスター・藤丸立香もサーヴァントもろとも観測不能。そればかりか、カルデアに残っている他のサーヴァントたちも、全員が行方知れずになっていた。全員が。フォウすらも。ダ・ヴィンチは残る職員全員を中央管制室に招集、緊急対策会議を開いている。

「レイシフトの失敗か? それとも外敵か?」
「一番可能性が高いのは、魔神柱の残党の仕業だが……」
「互いを見張れ! 何者かがカルデアに侵入し、攻撃している可能性が!」
「まずはマスターの安否を……マシュちゃんもだけど……」
「呼び戻せるのか? 二人とも特異点に引き込まれてるなら、観測は……」
「我々はどうなる? 今、物理的に襲撃を受ければひとたまりも……」

カルデアは蜂の巣をつついたような大騒ぎだ。何者かのテロか? システムにトラブルが? それとも、抑止力の介入か? 答えの出ない推測ばかりが飛び交う中、不意にモニターの一つに通信が入った。

「通信です! 通信が入りました! 先程の特異点からです!」
「誰だ!? 藤丸立香か、マシュか、それとも別の誰かか!?」
「藤丸立香でも、マシュ・キリエライトでもありません! 第三者からの通信です!」
やはりか。ダ・ヴィンチは唇を噛み締め、覚悟を決める。今までがうまく行き過ぎた、のかも知れない。
「繋げ! そいつが犯人だ!」

ダ・ヴィンチが叫ぶと共に、『カルデアス』に異変が生じた。地球を再現しているカルデアスの形状が、色が、変化していく。一同は蒼ざめる。いつの間に、この最深部の最中枢にまで、敵の手が伸びていたというのか。

…………アー、アー、マイク、テス、テス、チェック、ワン、ツー。オー、イエス、シー、ハー、……

間の抜けた、巫山戯たマイクテストの声が響く。すると『カルデアス』が、自転する白い立方体となった。続いて、意地悪そうで陽気な、嗄れ声。

ヘイ、ヨー! ピーポー、リッスン! シェマ・イスラエル!アッラーフ・アクバル!ナマステ・アーメン!ジャー・ラヴ!

◇□◇

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