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鬼、ひと口

たそがれ時の一条通りを、痩せ犬がトボトボと歩く。犬の顔は、女の顔だ。黒髪を地にひきずり、口に屍の腕をくわえている。あれがよかろう。

「ぎゃん」

化け犬の目に太矢が突き立つ。犬は腕を落とし、痙攣して、横倒しになった。おれは弩をしまい、朽ちた塀の脇の草むらから身を起こす。犬も人も随分食ったが、あやかしの肉を食えば呪力が増す。煮るか、焼くか、生か。

「大した馳走やの。あしにも寄越せ!」

背後、頭上から女の声。振り返って仰ぎ見ると、枯れた松の枝にざんばら髪の若い女が座っている。身なりは悪くもない。あやかしか、気狂いか。

「やらぬぞ。おれが射たのだ」

かまってはおれぬ。降りてきたらあいつも射て、飯のたしにするか。それとも脅して、なぶろうか。化け犬の屍に向き直ると、目の前にあの女。

「けちなこと言うな。あしは腹が減っとる」

女が鈎爪を肩に突き刺す。牙をむいて笑い、大口を開き、よだれを垂らしてかぶりつこうとする。おれは無造作に一歩踏み出し、頭を思い切り口に突っ込んだ。牙が砕ける。

「はれ?」

「あいにく、おれも鬼だ」

両のこめかみから角を伸ばし、頬を貫いて、首をぐるりと巡らす。熟瓜を裂くようにやすやすと、鬼女の口は首の根まで引き裂かれた。熔けた鉄のごとき血液がほとばしるが、同じ鬼の皮膚にはきかぬ。

鈎爪を伸ばし、鬼女の口に深々と腕を突き刺す。心臓を探り当て、掴み、握りつぶす。こうしておかねば蘇る。鬼女はたちまち燃え上がり、灰になり、崩れ去った。

「ふん、手間をとらせよって」

邪魔者を排除し、改めて仕留めた獲物を見る。……ない。

『あしの勝ちじゃ、もろうたぞ! ぬしは灰でも喰ろうておれ!』

どこからか鬼女の声。幻術か。おれは地べたに座り、空きっ腹を撫でる。

「ちえっ、喰い損ねたわい」

顔は覚えた。幻術使いならいくらでも変えられようが、また出会ったら必ずや、あやつの肉を喰らってやろう。

――二日後。あの鬼女の顔をした犬が現れた。

【続く/800字】

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