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「荒野のタグ・スリンガー」(全セクション版)

1

「「「ホーッ!ホーッ!」」」

 荒縄で縛られたスマホを振り回し、web荒野に棲む電子原人たちが襲って来る! 上空に飛び交うのはツィツィ鳥だ。目玉や内臓を突つき出す腐食性の猛禽。俺の死体を食い荒らそうと、気が早いことにやってきたわけだ。だが、やるもんか。

 疾走する電子馬の上で、俺は左手で手綱をとり、右掌を上に向け、集中する。エナジーが集い、掌大の「#(ハッシュタグ)」となる。俺の武器だ。

「イヤーッ!」

 振り向きざま、電子原人の群れに投擲! 旋回し、分裂し、渦を巻く。
無数の「#」の旋風に飲まれ、ツィツィ鳥ごと吹っ飛ぶ!

「「「ギャバーッ!」」」

 断末魔を後ろに残し、土煙を蹴立てて一目散。三、二、一、ゼロ。

 KA-BOOOOOOM!! 背後で爆発!

『ツィツィ鳥どもめ、しばらく肉に食い飽きるぜ』
 俺の電子馬、サイモンが笑った。
「そうだな。俺も肉を食いたい。原人やツィツィ鳥のじゃなくてな」

 と、朽ちかけた看板が見えてきた。

2

朽ちかけた看板に薄く残った文字は「SALOON B…」と読める。
『SALOONか。あたりにはなんにもないぜ』
「そうでもない。よく見てみろ、住居や村の跡がある」

俺はサイモンに注意を促す。この電子馬は、喋れる上に足は早いんだが、どうも野生の直感とか観察力に欠けるところがある。

『へっ! 電子遺跡か、珍しくもない。井戸の残り水ぐらいはあるかもな!』
「いや……息遣いを感じないか。この遺跡はまだ生きている。掘り起こせるぞ」

サイモンから降り、注意深く観察する。地面に耳を当てる。
「スコップを出してくれ」
『おうよ。じゃあ、ここが宿だな』
サイモンが前足を上げると、01が集まり、人を殴り殺せるサイズのスコップ……ショベルが出現した。俺はそれを手に取り、地面のある一点を掘り始める。

ZAG!ZAG!ZAG! ZAG!ZAG!ZAG! ZAG!ZAG!ZAG!

強い日差しに照らされる荒野だ。土が硬い。汗が噴き出す。

電子スコップは、過去の情報を掘り起こす。埋もれたミームを現世に蘇らせる。たまにひどいのを―――こないだは巨大なサンドワームを呼び起こしちまって大変だった―――掘り当てるが、慎重にやればいい。

ZAG!ZAG!ZAG! ZAG!ZAG!ZAG! ZAG!ZAG!ZAG!

次第次第に、サルーンが掘り起こされ、地上に現れる。ところどころ欠けたところはあるが、滅んでからそう長い時間は経っていない。

ZAG!ZAG!ZAG! ZAG!ZAG!ZAG! ZAG!ZAG!ZAG!

「やれやれ、肉体労働だ。水と肉と、酒がいるな。おまえには電子飼料が」
『あるといいねえ』

過去の姿が、少しずつ再現されて来る。ドアを開けて、店主が姿を見せる。こちらを見て驚いた。日はだいぶ傾いている。
「これで、今夜の宿にはなるな。やれやれ」
『お疲れ。「アーカイバー」に報告して、登録申請しといたぜ』

このweb荒野には、強大な「アーカイバー(記録保存官)」の目もあまり向かない。辺境の地だからだ。俺はこうやって電子遺跡類を掘り出し、宝探しをして生活している。あてどない旅だ。お宝を「アーカイバー」に送れば、多少の支援はある。今のところは。

ハッシュタグを刻んだ掌をマスターに見せる。
「『アーカイバー』から派遣された、タグ・スリンガーのファンクルだ。この電子馬はサイモン。この電子遺跡を掘り起こした。修復代として、宿を貸してくれ」
『よろしくね』
「は……はい!」

さて、俺たちがこんな辺境くんだりまで来たのにはわけがある。お宝の話を聞きつけたからだ。

3

「ようこそ、旦那。眠りから起こして頂いて、なんと御礼を……」
「いや、起こして悪かったな。あんたらは本来亡者なんだ。申請が通らなけりゃ、もとの骸骨と瓦礫さ」
「それでも嬉しいですよ。ささ、バーボンどうぞ」

注がれたバーボンをちびちびやる。サイモンは水と電子飼料にありついた。
亡者の飲食物でも、復活させて取り込めば、それは自分のものになる。そういうルールだ。おかげで宿や飲食の心配はさほどない。

ここは『SALOON Ba01era01』。ところどころ欠けてるが、まあいい。

このweb荒野に、固有の名はない。ただ、存立基盤である『鯖(サバ)』が死にかけている。『鯖』は魚とか英霊とかじゃあなく、ドラゴンに似ている。概念的な存在だ。一定の領域を支配し、存在を保たせている。神話によくあるだろ。亀や象や鰐が大地を支えるやつ。あれの小規模なもんだと思えばいい。

『鯖』の生き死には世界の枠組みの外で規定されていて、俺たちにはどうしようもない。「アーカイバー」にすらだ。けど、死ぬ前にアーカイブすれば、それだけは多少欠けても生き残る。「アーカイバー」が存続する限り。電子世界の存在は不確かだ。岩や金属に刻みつけても、鯖が死ねばどうしようもなく消える。儚いものだ。

……そう、お宝の話だったな。匿名の報告があったんだ。「あるパルプ小説群のページが消えかかっている。保護して欲しい」と。傍から見てどれほどくだらないものでも、そいつにとっては大切なものなんだろう。報告を受けたからには、保護する。それが「アーカイバー」だ。少し危険な領域だったんで、荒事に向いた俺が派遣された。それだけだ。成功報酬は出る。俺とサイモンはそうやって生活してる。いつまでか……死ぬまでか。

カランカラン……物思いから不意に引き戻される。

「いらっしゃい」

来客。……さっき復活させたこの店に、か? 俺は振り向き、掌を構え……目を見張る。

「よう、ファンクル。追って来たぜ」
ホルヘ! お前も来たのか」

電子スコップを手にした、小柄な髭面の男。ホルヘ・エルコンドル。「アーカイバー」のメンバーで、役目はスコッパー(掘削者)だ。俺が苦労して掘り出したこのサルーンを、こいつらは数倍、数十倍の速度で掘り返す。戦闘向きじゃないが頼りにはなる。

「おうともよ。件のお宝は、このサルーンの真下だ。俺と相棒の鼻が嗅ぎつけた。間違いねえ」
「お前の馬は、鼻が良かったな。俺のサイモンと交換してくれよ」
「サイモンは脚が速い。それぞれ取り柄があるもんさ。しかし、荒事用のお前さんがいるってことは……」

BLAM! ホルヘが銃弾を食らった。いや、スコップで止めた。撃ったのはサルーンの中の連中じゃあない。

『ぎぎぎぎ……』『ううううう……』『はああああ……』

バギ、バギバギン! サルーンの床板を突き破って、ゾンビどもが這い出した。お宝の守護者ってわけか。

4

「俺たちが揃ってから出て来るとは、お行儀がいいな」
「つまり、俺たちをまとめて始末する気だ。匿名の報告には気をつけたがいいな。恨みでも買ったか」
「よくあることらしいぜ」

サルーンの床板を突き破って出現したゾンビどもは、哀れな店主の喉笛を食い破り、恨めしそうな目で俺たちを睨む。ひからびた眼球で。
webゾンビ。「アーカイバー」所属者には馴染みの深い相手だ。電子遺跡に籠る悪意や怨念を糧に生まれ、食らう、アンデッド(死に損ない)ども。強くはないが数が多い。噛みつかれたら俺たちもゾンビの仲間入りだ。

「ファンクル、頼むぜ」
「ああ、ホルヘ。伏せてな」

右掌を上に向け、集中する。ホルヘは身を低くし、電子スコップを振り回してゾンビどもを威嚇する。馬小屋のサイモンは、脚が速い。無事だろう。ホルヘの馬は鼻がいい。嗅ぎつけて一緒に逃げててくれ。

エナジーが集い、掌大の「#(ハッシュタグ)」となる。俺の武器だ。

「イヤーッ!」

投擲! 旋回し、分裂し、渦を巻く! 至近距離だが仕方ない、このサルーンごと……ぶっ壊す!

KRAAAAAAAAASH!!
竜巻が起こり、サルーンが崩壊! 木片、バーボンの瓶、グラス、店主の死骸、ゾンビどもがメチャクチャに吹き飛ぶ!

「ファンクル、カウンターの中だ! webゾンビがどんどん湧いてくる!」

這いつくばったホルヘの声。俺はハッシュタグの竜巻を操り、ドリルのようにそこを掘り起こす。

DRRRRRRRRRRR!!
「ヘウレーカ!!」
KA-BOOOOOOOM!!


01110011010

◆#◆

「……フー……無事か」
「なんとかな。やれやれ」

星空が見える。身を起こす。崩壊したサルーンから離れた位置、馬小屋の外に、俺とホルヘは瞬間移動していた。これもハッシュタグの力だ。の掌。タグを介して転移する。サイモンに仕掛けておいた。念の為な。webゾンビはこっちにはいないが、すぐ嗅ぎつけてくるだろう。このまま逃げるか。

「お宝は、どうなったかな。webゾンビが食い荒らしてるか、さっきので吹っ飛んだか……サンドワームでなかっただけマシかな」
『違うわ』

ホルヘの馬、牝馬のアロミアが呟いた。彼女は鼻がいい。サイモンが鼻を鳴らした。

『ぶふん! なんだって、アロミアちゃん』
『違う。お宝は無傷よ。webゾンビたちは全部消し飛んだけど、お宝はあの下に残ってる』

俺はホルヘと顔を見合わせる。それなら、戻るしかない。彼女を信じよう。

5

俺はサイモンとホルヘ、アロミアと一緒に、サルーンへ急いで戻った。
哀れ、サルーン・B…なんとかは粉々だ。こうなると電子スコップで復活させることも出来ない。より高度な術がいる。俺はマスターの死体に十字を切り、さっき掘り起こした穴に近づく。

「おいファンクル。お宝は、あれか?」
「依頼じゃあ『パルプ小説のページ』ってことだったが……」

そこにあったのは、水晶で出来たような球体だった。中に裸の美女が封じ込められている。胎児のような姿勢で、目を閉じて。俺はホルヘと顔を見合わせ、無言で掌を叩き合わせる。

「なァるほど、パルプには裸の美女がつきもんだ!」
「彩りが増えたな。俺はアロミアには興奮しないしな」
『失礼しちゃう!』
『一件落着、だな。「アーカイバー」に報告しとくぜ』

サイモンがデータをスキャンして、送信する。電子馬にはそうした機能がある。辺境だからちょっと時間がかかるが。崩壊したサルーンからバーボンの瓶と割れてないコップを掘り出し(スコップはいらなかった)、ホルヘと乾杯する。つまみや葉巻もある。眼の前には水晶球の中の美女。眼福、眼福。

「ああサイモン。このサルーンも修復できるよう、報告しといてくれよ。発掘の拠点がいる。マスターも蘇生させよう。来る途中で見てきたが、このあたり、昔は栄えてたらしい。俺以外のスコッパーも派遣してくれねえと過労死しちまうぜ」
「ダウザーとか、キュレーターもいるな。電子原人の棲み処近くで川の跡を見つけた。あいつらを追っ払って井戸を掘ろう」
『あらあらふたりとも、のんびりしないの。彼女は表紙よ。まだ下にいろいろ埋まってるわ』
「まあ一杯ぐらい飲ませろよ。ここまで長旅で疲れてんだ。この姉ちゃんにお酌してもらえるといいんだがな」

HAHAHAHAHAHA……

夜空に電子の月が浮かび、電子の星々がきらめく。この世界には星の数だけ電子遺跡があり、瞬く間に増えていく。「アーカイバー」が存続する限り、俺に食いっぱぐれはないだろう。どこかで野垂れ死にしなけりゃな。

―――――水晶球の中の美女が、ピクリと動いた。

【荒野のタグ・スリンガー ひとまずおわり】

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