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名作。『ヒカルの碁』ほったゆみ・小畑健


10年以上前、友達に軽くすすめられたのがきっかけで、手に取ったら即日全巻そろえるまでハマってしまいました。東京出張したときには、日本棋院に立ち寄ったり、台湾版・韓国版・中国版に加えて、英語版、フランス語版、ドイツ語版も何冊か揃えてしまったのは、ストーリー構成が本当に見事だったからです。

あるストーリーの何気ないシーンが、後日重要な意味を帯びてあらわれてきたり、単純なエピソードが後日とんでもない伏線になっていたりと、布石につぐ布石のエピソードの折り重なる快感。これは、よくできた小説でも、なかなか味わえない感動です。

原作のほったさんの力、そしてそれを十二分に表現してしまう小畑さんの絵はすごいです。ネーム時点では、セリフだけのコマ。そこに小畑さんおまかせの絵がどう描かれたかというと……なんて楽しい裏話も単行本では読めるんです。おまけページすら楽しすぎる。

一般的に、ボードゲームは動きが少ないので漫画にするには地味。なのに、それがとてもかっこよく描かれているのは、ひとえに小畑さんとアシスタントさんたちの努力と才能の賜物。当時は日本棋院のスタッフさんも全面的に協力していたので、一部しか描かれない対局の碁盤の盤面とかまで、ちゃんと準備されてしていたようです。大昔のnifty/figoの過去ログには、協力の裏話がありました。ああ、もう遥か昔のできごとのようです。

この作品は、成長する子どもたちの物語。スタートは、主人公ヒカルが幽霊である藤原佐為(本因坊秀策)と出会い、囲碁というゲームを知るところから始まります。そして、祖父の囲碁趣味を知ったり、地域の囲碁教室や碁会所に出入りするようになり、学校の囲碁部に入って新しい友達やライバルを得ていく物語。

その過程で、いろんな子供が出てきます。ライバルは、塔矢名人の息子で勉強もできるアキラ。でも、最初のヒカルが戦うのは、囲碁部の友だちや先輩、囲碁もできる将棋部の上級生。新しい登場人物が出てくる度に、一般的にマイナーな囲碁が、実はいろんな場所で行われているゲームであることを、読者に教えてくれるようにもなっています。連載当時、最先端だったインターネット囲碁も出てきます。

ポイントは、佐為が師匠ではなく、ヒカルの友達のような立場で始まった二人三脚の物語だという点ではないでしょうか。一応、歴史上最強の囲碁棋士の幽霊とはいえ、当初は江戸時代しか知らないというハンデもありました。そして、ヒカルがズブの素人なので、佐為(というか本因坊秀策)の力をあまり理解できなかった点が、物語の前提として一番重要だったように思います。

そんな無邪気なヒカルが追いつきたいと思うライバルは、幼稚園以前から囲碁を学んだ名人の息子。囲碁が日常で、プロ棋士が出入りする家庭環境の中、当たり前のようにプロ棋士を目指し、無限の努力ができる男の子。普通だったら尊大で嫌味な子供に育ったり、親が立派すぎたら子どもはスポイルされてしまいそうなのだけれど、彼の個性が(父親以上に)とても強烈に魅力的で、主人公とともにストーリーをひっかき回して進めてくれます。

ヒカルは院生になって、プロを目指す仲間兼ライバルを得て、自分の力をつけつつ、他人の力量もはかれるようになっていきます。そして、囲碁は他のスポーツと違って、買ったり負けたりするゲーム。常に勝ち続けるわけにはいきません。ヒカルも他の子供達も、負けて成長していきます。勝つこと以上に、大事なことがあるのを教えてくれる。そして、再戦のチャンスがある。それがこの漫画の一番の魅力だと私は思います。

余談ですが、今2021年の観る将棋ブームの方々には、かなりの高確率で『ヒカルの碁』かつての愛読者いたのではないかという気がしています。藤井聡太二冠について、『りゅうおうのおしごと』よりも、圧倒的に『ヒカルの碁』のエピソードになぞらえたツイートを見かけることが多いので。

プロになり、師匠やライバルを得て、力をつけたヒカルは、師匠・友達・父親の全部のような存在だった佐為との別れを経験し、子供時代に別れを告げます。そして、すばらしい成長物語も終わり。これからプロでどんな活躍をするのか見たい読者が多かったけれど、それはまた別のお話なのでしょう。

もし、『ヒカルの碁』の名前を聞いたことがあるだけで、読んだことない方がいたら、絶対オススメです。アニメだけ見て、原作を読んでない方にも絶対おすすめだし、中国の実写版で興味を持った方には、より大きくプッシュします。わくわくする成長物語を、ぜひ味わってください。

我が家の書棚の整理中、娘が小学生時代にお世話になった学童保育の先生が退職されるとのこと。もし、今どきの子供たちにも読んでもらえたらうれしいので、花束を持っていくという娘に『ヒカルの碁』全巻預けて、学童保育に寄付することにしました。令和の子供さんたち、どんな風に読んでくれるのか、わくわく、ドキドキです。


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