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宮大工さんたちの近代。『飛天の夢 古寺再興』長尾三郎


先日読んだ『薬師寺再興』がおもしろかったのですが、どうやら本書『飛天の夢 古寺再興』が先にあって、基本の形を踏襲したようです。本書が西岡常一法隆寺棟梁と法隆寺をメインにしているのに対し、『薬師寺再興』は薬師寺の橋本凝胤、高田好胤、安田暎胤さんの3人のお坊さんをメインにしています。そして、一番の違いは、この本が当時の社会背景をしっかり書き込んでいることでしょうか。

明治4年に全国社寺の領地返上が命じられ、明治7年には太政官布告で寺禄も全廃されました。その結果、住職のいないお寺は廃寺になり、お坊さんたちの生活は極度に逼迫したそうです。

特にひどかったのが、春日大社と複合体になって神仏が入り組んでいた興福寺で、明治元年にはたくさんの僧侶たちが全部還俗して春日大社の神官になったので、僧侶が一人もいなくなってしまったとか。廃寺同然の興福寺は、西大寺と唐招提寺が管理していたそうです。

金堂の仏像や仏具は掠奪同然に持ち去られ、五重塔は250円で落札された。買った男は、塔そのものの建造物には用がなく、相輪を古物商に売るために塔に火をつけて焼失させ(解体には費用がかかるため)相輪だけを地上に落とすという魂胆だった。近所の人たちは飛び火を恐れて抗議したので焼却は断念したといわれる。

廃仏毀釈って言葉だけは知っているけど、現代のお寺しか知らない私にとって、この文章は衝撃的でした。仏像を盗む!? 塔を焼く!?! 文化財を保護することが、実はものすごく現代の考えだってことは知っていたけれど、それにしても信仰心とかなかったんでしょうか? あまりの生々しい記述にぎょっとさせられます。

そして、お寺と同様に崩壊したのが宮大工制度。貴族化していた棟梁たちは次々廃業していき、残ったのは半農半工で雇われていた人たち。この人たちが貧乏を耐えて、耐えて、耐え抜いて宮大工の棟梁として技術を守ってきたそうです。彼らは農業もやっていたから、仕事がなくても、賃金が安くても耐えていけたとは、なんとも皮肉なお話。そして、当然ながら棟梁の息子たちは、そんな職業を継ごうとはしませんでした。

『薬師寺再興』を読んだときの第一印象が、なぜ「プロジェクトX」だったのか、この本を読んでわかった気がします。人物にだけ注目すれば、個人の努力を賛美して終わり。歴史の皮肉とか社会の移り変わりとか、世の中の理不尽さを見なくていいですから。

この本は時代背景をしっかり書き込んでいて共感が持てますし、時代背景や政治的な状況を無視して、成功したのは誰かががんばったからという結論だけにしてしまうTV番組は、わかった気になれるので楽しいですが、実はとても怖いです。その人がなぜがんばれたのか、他の人がなぜできなかったのかを、ちゃんと調査したり、確認するのが専門家のお仕事ですよね。





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