夢百六十五千夜.0

箱の中身はなんでしょう?

左右に空いている穴をガン無視した私は、箱の天井を外して蓋を開けてみた。すると、その中にはひとまわり小さな箱が入っていた。

取り出す。箱の中身はなんでしょう?

またもや、左右に空いている穴をガン無視して私は箱の天井を外す。その中には、さらにひとまわり小さな箱。

取り出す。箱の中身はなんでしょう?

人差し指が入るくらいの左右の穴を気にするまでもなく、私は天井を外して中身を取り出す。さらにひとまわり小さな箱。

取り出す。箱の中身はなんでしょう?

小指が入るか、入らないかくらいの穴をやっぱり無視して私は上の部分の面に右の人差し指を突き刺し、天井を破る。

人差し指は蓋を貫通したが、爪の先に底の感触はない。

人差し指を引っこ抜いて、穴の中を覗いてみた。

箱の中身はなんでしょう?

穴の向こうに、弓のような曲線で左右に広がる湾と、小さな浜辺が見えた。

これはどこなのかしら?

浜辺で、誰かが寝そべっているシルエットが見える。すくっと立ち上がったその人は、やがてどんどんこちらに向かって歩いてきた。ノースリーブの白いワンピースを着て、花弁のようなつばの麦わら帽子を被った黒髪の女性だった。少女というには彼女の声は落ち着きすぎているが、淑女というには彼女のえくぼはあどけなかった。

「やあ、こんにちは。今日は晴れて暑いですね」彼女はいう。

「そうですか。こちらは雪が降る真冬です」と私がいう。

彼女はフフフと声を出さずに微笑むと、麦わら帽子を脱いで、海の方に向かって思い切り助走をつけて、そのままフルスイングで帽子を投げ捨ててしまった。帽子はどこまでもどこまでも飛んでいって、いつしか風の気流に乗って羽ばたいて、何処かへ消えてしまった。あれはどうやら渡り鳥だったようだ。

そのまま波打ち際で彼女はしゃがみ込み、ぴょこん、ぴょこんとうさぎ跳びの要領で波間をぬいながら、貝殻集めのような動作をしていた。私はずっと、それを穴から覗いていた。彼女は何か光るものに両手を伸ばし、それをみてハッとして、再び私の方に駆け戻ってきた。

「これ、あげます」彼女はいった。その手には、さっき私が左右の穴を無視してフタを開けた最初の箱とまったく同じ箱が抱えられていた。

「箱の中身はなんですか?」私は聞いた。

すると彼女は、素直な様子で左腕で箱を抱え、右側の穴から片腕を突っ込んでまさぐった。そのままウーン、と斜め左上に目線を流しながらゆっくりと思考を巡らせている。

「ウーン。これは、これはみてないからわからないけれど、多分あれですね」彼女はいった。

「あれってなんですか」私はいった。

彼女は右腕をゴソゴソやりながら、黙った。

そのまま日が暮れて夜になったが、彼女はまだ箱の中身をかき混ぜていた。やがて朝が来て、また日が暮れて、次の朝が来て、また暮れて、いつの間にか私たちは何日も何日もそのままでいた。

「これは、あれですよ」ついに、彼女が言った。

「箱の中身は一生わからないやつですよ、見ないと」彼女は続けた。

私はその箱のフタを開けようとする彼女を見送りながら、箱の穴を覗くのをやめた。

そんな夢を時々見る。その日の朝は、どんな天気でもどんな気温だったとしても、決まって寝汗で頬が水浸しになっている。