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【短編小説】2022.8.10

 夢を見た。
夢というのはどうにも曖昧なもので、記憶が途切れていたり設定がめちゃくちゃだったり、矛盾があったりする。
 ともかく、
最初はマンションに居たのだ。
 薄暗くて、無機質で、狭い、アパートのような所だった。
1階の外からは緑色の光が薄く漏れ出ていて、誘われるように外に出た。真っ暗な夜の話だ。
 外に出て、今が夜なのだと知ったような気もするし、 はじめからそのことを知っていたような気もする。
 とにかく、視界が開けたその時、たまらぬ高揚感と自由を感じた。世界に「自由に動いていい」と許されたかのような気分だった。夢にも関わらず、夜風がとても気持ちよかったことを覚えている。
足元には草が敷き詰められていて、草を隔てた向こう側には別の建物があった。入口の部分が低くて、足をかければ登れるような高さだった。そのより上には、また段差があって、高めの階段のような建物なのだ。
私は、何故か登ることにした。
 言い忘れたが、この夢は私が「登る」夢なのである。
そしてこの拙く気ままな文章には一切関係ないが私はこの後目覚め、二度寝をし、その次の夢で最低の経験をするので、今のうちに美しいと感じた部分を精一杯描写しておこうと思う。
 話を戻そう。
何を登る、と言われれば全部である。
小さく聞こえる虫の音や夜風にあてられ、私は建物をのぼった。不思議と身体は軽く、綿のように跳躍できた。この夢には、体の重みなど存在しないのだ。
 ゲームのキャラのようにピョンピョンと建物を登りきった時、視界が急に広がった。
 どうやら私は、想像より高いところにいたらしい。
さっきまでいた地面は、すぐそこで途切れ崖のようになっていた。はじめにいたアパートは高台にあって、ほんとうの地面は、もっと下にあった。
下には沢山の車が止まっているのが見えた。駐車場のような所だった。
全ての車が等しく、キャンピングカーだった。
どうして全部がキャンピングカーだったのか、明確な理由はないのだ。
「登る」ことがメインの夢において今私の目の前にあるものは全てそれをするためのものだった。
つまり私は、それらがただの普通車では「唆らなかった」だろうし、なんというか、ロマンがないように感じたのだと思う。
ロマンやエモが大好きな私に相応しい、実に曖昧な夢ではないだろうか?

 形も様々、大きくて高い車達には、人が乗って居ないようだった。ただこの静かな夜の世界に、放置されていた。
そう、まるで登るために存在するかのように。
 気づけばジャンプしていた。
ふわり、と身体が中に浮く。風の抵抗も感じなかった。
この不思議な世界の空中に投げ出された時、空をはじめて見た。星がポツポツと光っていて、綺麗だな、と思ったのを覚えている。
猫のように、キャンピングカーの上に着地する。
謎の満足感に包まれながら辺りを見渡すと、遠くに豪華なホテルと、そのまた遠くには見慣れた区役所のようなものが見えた。
区役所の建物に掲げられた旗を見た時私は何故か、この世界にはもう、人が居ないのだと察した。理由や根拠はなかった。
夢というものに理屈などなく、ただその時、この世界には私の知っている人は居ないのだと、私は知っていた。
 多分これは私だけではなくて、殆どの人が、自分の寝ている間の出来事において綺麗に根拠や理屈があったりしないと思う。
例えばそれが、数奇な物理学者だとしても。
 人がいないと言ったが、ただ1人を除いて、だ。
私は弟がいることを知っている。どうしてかはわからないけれど、この瞬間に私はただ弟を呼んでこようと思ったのだ。中3の弟だ。
この美しく静かな世界を、彼に見せてあげたいと思ったけれど、その根底には独りであることのもの寂しさがあったのかもしれない。

とにかく、私はあの仄暗いアパートのどこかにいる弟を呼びに、また高台を登るのだ。
 夢はここで終わり。 目が覚めた私は次にゾンビに追われることになるのだけれど、それはまた別のお話だ。


最後まで読んでいただきありがとうございます。
見た夢を覚えていると書きたくなる。
眠る前の一息に使っていただければ幸いです。

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