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債務と負債 liability & debt

法律と会計

以前から私は複式簿記という仕組みや会計認識論に関心がある。なぜならば、それが実学として人類の歴史を裏から認識(=計上)し記録し続けて来たからだということもあるし、私自身も経済学という大枠や法律だけでは把握できない領域を実際に日々数え把握する会計という領域にリアルさを感じているからである。

最近はその中でも負債 liability とは何か?ということが気になっているが、私は会計学の専門家でも無い(日商簿記3級をやっと取得した程度の本当に素人だ)し、もちろん法律家でも無いので、そういう素人が一般向けに出版されているものの本を読んで知ったことをここにメモしておく(背景と言い訳以上)。

確定債務

いわゆる借金というのは借用証書などの証拠書類 evidence があるもののことを指し、これを法律用語で債務 debt と言うそうである。債務は文書によって確定された将来確実に支払わなければならない義務である。このような債務のことを会計では特に「確定債務」と呼ぶ。つまり、確定債務は法律上の義務でもある。

債務は法律用語であるが、それに字面(じづら)がよく似た負債 liability は会計用語である。この2つのカテゴリが区別され、用語上も異なる語が割り当てられているのは、実際この2つのカテゴリが指す範囲が異なるからである。つまり、負債は債務(=確定債務)以外のものも含んで債務よりも大きな範囲を指す会計用語であるからだ。では負債には確定債務以外に何が数え上げられているのか? それは「経過勘定」と「引当金」である。つまり、負債=確定債務+経過勘定+引当金というのが教科書的かつ列挙的な説明となる。

経過勘定 deferred and accrued account

経過勘定 deferred and accrued account について一応ここで説明したいが、それにはまず会計期間の理解が必要であろう。そもそも会計の目的は何かと言えば、会社の経営状態を「財務諸表」というかたちで表示するもの(=財務諸表の作成)であり、会社の経営成績は一定の期間において評価される(期間損益計算)。この一定の期間のことを会計期間と呼び、たいていの場合、1年間が会計期間になる(ただし、4月から翌年3月までを会計期間とすべきことが法令で決まっているわけではないし、大日本帝国では四つの戦争があったが、戦争中は戦争開始から終結までを1会計期間とみなして帳簿をつくっていたという)。会計においてはこのような会計期間ごとに区切って収益と費用を認識する必要がある。つまり、例えば2010年の収益は2010年の費用を使って稼がれたものでなければならないし、もし2010年の収益を稼ぐのに2010年の費用に加えて2009年の費用まで繰り入れてしまったら、2010年の利益(=収益-費用)は少なくなるが、その場合税金も納めなくてよいということになってしまう(利益操作)。このように当期の収益という結果は当期の費用という原因と正しく対応していなければならないという原則を費用収益対応の原則 Matching Principle と呼ぶ。しかし、実務においては当然或る会計期間とその次の会計期間をまたぐような取引も成立している。例えば、当期から来期以降まで数年間に渡ってサービスを受けるが、その支払はサービスが終了した後に確定するという契約であれば、各会計期間ごとにそのサービスをどの程度受けたかを認識(計上)する必要がある。しかしこれは実際の支払がおこなわれているわけでも確定したわけでもないので、帳簿上は経過勘定、具体的には未払費用という名前で負債に計上される。しかしこの未払費用はサービスが終了して支払金額が確定するまでは「将来おそらくこれぐらい支払わなければならないだろう」「当期はこれぐらいサービスを利用しただろう」という「見越(みこし)」にもとづく主観的な基準あるいは相場によって各会計期間で認識されているに過ぎない。証拠書類にもとづくという意味で最も客観的な確定債務に比較すると、「見越」は主観的であり、また未確定(確率的)な支払義務である。

引当金 provision

引当金 provision というのも多くの種類があり、厄介な概念である。幾つかの定義が提案されているが、私としては過去から将来に渡って複数の会計期間を跨いで積み立てるべきお金であり、将来まとめて支出する可能性があるものであるというぐらいの認識である。

例えば「退職給付引当金」は従業員が定年退職するときにまとめて支払うために、数十年間に渡って企業が積み立てておく引当金である。これは定年退職するまでの期間、従業員から企業がお金を預かっている(=借りている)わけであるから負債である。なぜそんなことをするかと言えば、従業員に対して定年まで勤め上げることによって退職金を多く手に入れられるインセンティブを与えるためである。しかし、引当金に毎期計上して積み立てた全額が実際に将来支払われるかどうかは未確定であり確率的である。なぜならば、従業員が実際に定年退職するかどうかはわからないからである。

あるいは例えば「特別修繕引当金」は、建物などの固定資産をメンテナンスするために数年ごとに(つまり、複数の会計期間をまたいで)一定の支出があることを見込んで各会計期間で積み立てておくお金である。ここでも見込(みこみ)という主観が入るし、実際メンテナンスに支払う金額は未確定である。なぜならば、どの程度支払う必要があるのは実際に支払ってみて初めてわかるからである。

会計学独自の認識

法学は法的な現象を認識し、新たな法規範や個別の法現象について判決(論証)を下すものであろう。いわゆる借金という日常的な概念も法律的には確定債務という形式で認識できる。これは法律による借金の認識論である。一方、会計学では確定債務だけではなくて、将来の現金支出の可能性あるいは外部からの資金調達の観点からみて「負債」というカテゴリを設ける必要があり、このカテゴリによって確定債務と経過勘定と引当金とを同じ種類のものとして認識(計上、オンバランス)することができるようになった。経過勘定や引当金を認識できるようになったことは負債の概念を単なる借金や確定債務だけでなく、期間損益計算・費用収益対応の原則・継続企業の前提にも適応するように拡張したことを意味しており、その意味で会計学の独自性・自律性や、会計学独自に対象に対する解像度が高まったことを意味していると思う。とはいえ、そうした合理的な意義がある一方で、負債の概念が単なる確定債務を超えて主観的な要素を多分に含んでしまうことも確かであり、この主観的な要素は利害関係者にとっては操作の対象にもなってしまうおそれがある(もちろん、実際に操作されて不祥事に至ったケースは枚挙に暇(いとま)が無い)。会計学がその独自の合理性や正確性、認識可能性を追求すればするほど、むしろビジネスの主観的な部分にまで踏み込んでしまい却って不公正な取引や記録を起こしてしまうというのは一種のジレンマであり、非常に興味深い。

(2,930字、2023.12.26)

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