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負債とは何か?What are Liabilities?


1. 序論 Introduction

1.A. 負債の概念 the Thesis

負債 Liabilities とは何か? 負債とは、(1)将来現金の支払可能性であり、かつ、その支払総額が(2)会計人によって(3)有限または有期であると会計人によって認識(=計上、オンバランス)されたものである。また、将来現金の支払可能性があり、会計人によってその総額が認識されたものが負債である。

1.B. 本記事の構成 Plan

本稿では負債の定義を提案し、負債に3つの特徴を与える。その上で反対にそれら3つの特徴を満たすものが負債であることを確認し、負債が負債であることの必要十分条件を示す。また、その過程において負債が会計固有のカテゴリであること、貸借対照表の貸方は支払可能性の度合いによってスペクトラムをなしていることも指摘する。

1.C. 背景 Background

日本語の「負債」とは、日常的にはあいまいに使われる言葉のひとつであるが会計の専門用語である。日常的な用法としては〝借り〟debt のようなものだと認識されているが、それは借りは負債とは厳密にはどこが違うのだろうか? そもそも借りとは何だろうか?

筆者としては借りは3つの言語の重複地点に位置づけたい。あるいは、借りは3つの言語にまたがる存在である。その3つの言語とは倫理言語・法律言語・会計言語(企業言語)である。それぞれの言語は借りを含む固有のカテゴリを有していて、それが借りを借りとして認識するかどうか、認識した上でどのように扱うかに関係している。本稿では会計言語における借りを含むカテゴリ、すなわち負債 Liabilities に着目してその特徴づけをおこなう。

2. 論証 Arguments

第一に、負債には将来現金の支払可能性という特徴がある。なぜならば負債は(1)それ自体を減少させるか、もしくは(2)将来費用を抑制するために金によって支払われる必要があるからである。負債には2024年現在3つの種類(下位区分)があり、それは法的な確定債務と経過勘定と引当金である。このうち、確定債務はそれがあり続けることによって企業は追加の利払が必要になるため、そこから将来現金の支払可能性が発生する。一方、後二者の経過勘定や引当金は将来の会社自身(来期以降の会社自身)に対する自己金融(=将来の自分自身からの借り)であるが、これは偶発的な将来支払可能性(例えば修繕引当金)や予定された支払可能性(例えば従業員に対する退職金引当金)への備えとして積み立てる必要がある。

なお、負債は将来現金の支払義務ではなく、あくまで可能性である。なぜならば、実際に支払う必要があるかどうかは将来時点が到来するまでわからないからである。支払義務のある負債のことを確定債務と呼び、支払可能性がある負債には経過勘定と引当金がある。そして支払不要なものが自己資本(法的な所有権と重複する)であると解釈できる。言い換えれば、貸借対照表の貸方(右側)は、上から順に将来支払の可能性が高いものから低いものへ、そしてまったく無いもの(自己資本)へと並べられているのである。

第二に、負債は支払総額が一定の金額である必要がある。なぜならば、支払総額が一定ではなく、無期限(期限不定、総額不定)に費用を支払い続ける場合は会費やサブスクリプションであると認識(=計上)すべきだからである。一方、例えばリース負債のようなケース(リース期間が終わり、すべてのリース料を支払うとリース資産が借り手に譲渡される場合)は、リース期間中はそれに対応するリース資産の法的な所有権は貸し手にあるにも関わらず、会計上はリース資産の一定の総額を負債として認識(=貸借対照表にに計上)し、それに対する分割支払としてリース料を支払っていることを明示すべきである。なぜならば、会社が占有または使用している実質的な財産がどの程度あるかを、ローンで資産を購入して使用する場合と同様に、会計は投資家を含む利害関係者に情報提供すべきだからである。

第三に、負債は会計人 accountant によって認識される必要がある。これは言い換えれば、法令上の区分(法律人の認識)だけでは会計的認識(=何をどこに計上すべきか)を得ることはできないということである。なぜならば、法的な債務 debt とは証憑(しょうひょう)と呼ばれる領収書、契約書、請求書などの証拠書類 evidences を伴った確定債務 firm debt のことであるが、一方で負債の中には法的な強制力を伴わず会計固有の合理性と原則を持って運用される経過勘定と引当金もあるからである。また、リース資産・リース負債のように法的な所有権と資産運用形態とがズレる場合があり得るからでもある。これらのことを言い換えれば、会計言語(企業言語)は法律言語とは異なるからだということもできる。

では反対に上記3点の特徴さえ満たしていれば負債と言って差し支えないだろうか? 差し支えない。なぜならば、まず会計人が認識するものは資産・負債・純資産・費用・収益・利益の6種類しかないが、このうち支払に関わるものは負債と費用のみであり、さらに会計人によって認識された総額を志向して支払を必要とするのは負債のみだからである。

3. 異論の検討 Objection

一般には、あるいは通説では負債とは簡単に言えば「資産のマイナス」と認識されている。なぜならば、資産ー負債=純資産という恒等式(資本等式)の中で負債は形式的に表現されるからである。しかし、資産と負債とは対称的ではない。すなわち、資産の減少が負債であり、負債の減少が資産であるということはない。なぜならば、資産とは現在(=当期)換金可能なものの総体であり、負債とは将来(=来期以降)支払可能性があるものであり、両者の時制が一致しないからである。この時制が一致しないことから、資産は現在的であり確実に換金可能で客観的なものであるが、一方で負債は将来的であり不確実で主観的に認識されるものであることがわかる。

4. 結論 Conclusion

以上の検討から、会計学上の「負債」とは、(1)将来現金の支払可能性であり、かつ、その支払総額が(2)会計人によって(3)有限または有期であると会計人によって認識(=計上、オンバランス)されたものであることを確認した。

参照文献

  • 小沢浩『簿記がわかってしまう魔法の書』日本実業出版社、2019。

  • デヴィッド・グレーバー『負債論──貨幣と暴力の5000年』酒井隆史監訳、高祖岩三郎・佐々木夏子訳、以文社、2016。

  • ナタリー・サルトゥー=ラジュ『借りの哲学』監訳高野優、小林重裕訳、太田出版、2014。

  • 西澤健次『負債認識論 新しい負債認識を求めて』国元書房、2005。

(2,777字、2024.01.12)

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