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聴覚障害者にとってのスマホのプッシュ通知について考える。

JX通信社/WiseVine 藤井です。私のJX通信社での仕事は主に「FASTALERT」という法人・行政向けのAIビッグデータ防災センサの提供なのですが、JXでは個人向けにも、「NewsDigest」というニュースアプリを提供しています。

ご覧の通り、プッシュ通知がめちゃくちゃ早い(送信技術の問題ではなく、機械化されているので純粋にニュースの発信が早い)、というのがセールスポイントのひとつなのですが、この「スマホのプッシュ通知」が、実は聴覚障害者の皆さんの安全確保のためにも重要な技術なのだ、という話を書こうと思います。なお、「障害」という漢字はいろいろな方々の思いがあり、行政では「障がい」と書いたり、あるいは「障碍」という別の字を当てることがありますが、本稿ではこの分野についてこれから理解を得ようとする方々が検索する際に使うであろう「障害」という文字を使います。

聴覚障害者に関する基本的な知識

日本では、少なくとも1000人中3人が聴覚障害をお持ちです。これは行政が把握している数字なので、実際には「聴覚にハンディのある方」は、もっと多いと考えられます。私自身も過去に何度か右耳に怪我をしており、若干高音域が聞こえにくくなっています。

さらに難しいのが、聴覚障害は先天的な方と後天的な方で大きな文化的な違いがあり、いわゆる「ろう者」という言葉で表現されるのは、先天的に聴力をお持ちでない、あるいは非常に聴力の弱い方を指します。手話を巧みにお使いになったり、読唇術がお上手な方は、概ねこちらの方々です。

後天的に聴力を失われた方、「中途失聴者」の方々は、ご自身からは声を出してお話になる方もいらっしゃるので、日常生活では気づかないこともあるかもしれません。手話を使わない/使えない方も多くいらっしゃいます。

視覚障害も同じで、後天的な方は点字が読めない方もたくさんいらっしゃいます。

デジタル・ディバイド解消のための技術開発

私はラジオ局に過去勤務していたこともあり、視覚障害者のお客様からメールをいただいたり、連絡をとったりする機会はしばしばあったのですが(Webサイトのバリアフリーについてはたくさん学ばせていただきました)、聴覚障害者向けに「音声だけでなく文字や画像でも緊急情報の伝達を行う」デバイスを開発することになり、国の補助を得て研究開発を行っていました。残念ながらそのデバイスは市場に出せなかったのですが、公金を一部使わせていただいた研究ですので、このnoteでそのエッセンスだけでも共有できればと思います。

(この研究開発は今年度も募集されたようです。来年度もおそらくあるので、書類作成など非常に大変ですが、関連する技術を開発されているベンチャー企業の方などは、ウォッチしてみてもいいと思います)

https://www.soumu.go.jp/menu_news/s-news/01ryutsu05_02000135.html

「緊急情報」は意外に音声に依存している

世の中にある「緊急情報」は、ほとんどが音声に依存しています。
・緊急地震速報やJアラートは、独自のサイレン音で喚起します。
・火災報知器はサイレンとともにランプが点滅するものが多いですが、視界に入るかどうかはかなり運頼みです。
・避難誘導などは音声で行われることが多く、昨今は外国人観光客などへの対策もあってインフォメーションボードなどを併用した誘導を消防庁では提案しています(https://www.fdma.go.jp/mission/prevention/post-3.html)が、実際にこれが準備されている場所はまだまだ相当限られています。

実際に、区役所のロビーをお借りして聴覚障害者の方にランダムに立っていただき、ロビー内にあるデジタルサイネージで緊急情報を提示して「何秒で気づくか」を実験してみたのですが、最初にサイネージを偶然目にして異変に気づいた人(緑)が肩を叩いて気づかせ(黄色の3人)、さらに青の5人に伝えに行く、という伝言ゲームが続き、全員が気づくまでに135秒かかりました。

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どうやって気づいてもらうか

上の実験は「デジタルサイネージからどのように聴覚障害者に伝達するか」が課題だったのですが、これに対する対応策として、ヤマハが推進するSoundUD技術を使った音声信号によるスマホ連動を実装しました。サイネージのスピーカーからスマートフォンのアプリが検知できる非可聴域の信号を出して、アプリがスマホのバイブレーションをオンにし、内容を提示します。これによって、避難開始は発信後20秒に、全員の行動開始は90秒まで短縮することが出来ました。

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SoundUDは「音のユニバーサルデザイン」を目指したコンソーシアムで、駅や空港、さらに字幕が含まれていないテレビ番組での内容伝達補助など、多くの場所で導入が進んでいます。今後の展開にとても期待しています。

文字や色彩にも若干の感性の違いがある

上記の実験後のヒアリングで、聴覚障害者のみなさんがスマホのバイブレーションに日々敏感に生活されているかを知りました。とはいえいちいち見るのは大変なのではと、「バイブレーションの種類を何種類か作れば便利か」と聞いてみたのですが、「そうではなく、全部見るから、パッと見てわかる内容にして欲しい」ということでした。

しかし、その「パッと見てわかる」が、どうにもわからず、何度もやり取りをさせていただく中で気づいたのは、先天的な聴覚障害者の方々の「文字情報」に対する感性の特徴でした。

たとえば、我々は音声でなにかをやりとりするとき、自然と語尾や語気などで、その重要性やニュアンスを伝えます。それが文字では当然できません。
ビックリマークをたくさんつけたりしても、何が重要かわかりません。そこで、下線を引く、太字にする、などの強調が必要になります。

また、文字に色をつけようと思うと、微妙に色彩感覚の違いを感じることがあります。もしかすると、我々は色彩と音声を結びつけて、色に対するイメージを無意識に形成しているのかもしれません。

一方で、実はマンガで多用されるオノマトペやマンガ特有の記号的表現は、聴覚障害者の方々にも十分通じることもわかりました。音のない世界で、オノマトペがどのように伝わっているのかは、マンガ研究者としては興味深いところですが、四苦八苦した結果、端的な文字表現と、マンガ的な動きのついたピクトグラムを設計することが、最もよさそうだ、ということになりました。

やさしい日本語の重要性

ここでいう「端的な文字表現」というのが曲者です。実は日本語手話には「助詞」がありません。その表現に慣れている方々にとって、助詞を多用した複雑な文章は、若干読みにくいようなのです。当事者のみなさんからいただいたメールでも、助詞の表現に若干苦労されている様子を感じたことがあります。

そうでなくとも、緊急情報は「子供でも、外国人でも、誰でも」ぱっと分かることが重要です。そして、日本にいる外国人のうち、実は英語を母語にされている方は多数派ではありません。そこで、「やさしい日本語」が提唱されています。やさしい日本語は障害者にとっても読みやすい表現なのです。

自治体から発信される文章はとにかく難読な場合が多く、この表現の普及が非常に期待されるところなのですが、実際に「やさしい日本語」ですらすらと文章を書くには若干のトレーニングが必要で、変換ソフトも研究開発されており、NHKのサイトには「やさしい日本語」で配信されているニュースページもあるのですが、ニューヨークの地下鉄を使っていて英語初心者がさほど苦労しないのと同じ程度に、日本社会にやさしい日本語が普及するには、もう少し時間がかかるように思われます。

ピクトグラムと色彩計画

詳細な情報を伝達するにはやはり文字表現が必要となるものの、災害情報伝達の基本的なアプローチとしては、ピクトグラム(絵文字)の活用が効果的なのは疑いの余地がありません。

ところでこれ、何のマークだかわかりますか。

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正解は、JIS X8210に規定されている「洪水・内水氾濫」のマークです。https://www.mlit.go.jp/common/001245712.pdf

…わからん。

実際、一部の避難所には、用途別に「ここは洪水のときも大丈夫」「ここはがけ崩れがあるときはだめ」などと表記するために使われているマークなのですが、全然伝わらないのです。国際規格でも実は災害に関するマークはあまり定着したものがなく、災害大国日本がイニシアティブをとって普及させていくべき分野だと思うのですが、3.11を機に日本サインデザイン協会が発案した「津波防災サイン」が一部自治体の津波避難の標識に活用されているほかは、あまり決定打がない状況です。

私もいろいろと試行錯誤したのですが、とにかく難しいです。

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洪水、という言葉も避けて、状況と行動をセットで表現してみたパターン。しかし浸水の高さを具体的に提示することは誤解を招く可能性もあり、家と水の関係をどのように表現するか、悩みました。

Yahoo!防災アプリはこのあたりを独自に工夫して、アイコンと色彩計画をうまく組み合わせて開発されていると感じますが、それでも具体的な「今何をすればよいのか」の行動につなげるためには、さらなる工夫が必要だと思います。

ゲヒルンのNERV防災アプリは、さらに色覚障害や読字障害の方にも配慮したユニバーサルデザインを徹底している点が評価されています。実際、私が見ても、とても見やすい。

プッシュ通知の洪水の中で、どう「伝わる」情報伝達をするべきか

JX通信社の「NewsDigest」は、地震発生時にユーザーから「実際に感じた揺れ」の報告を受け、それを「精密体感震度」として表示する機能を搭載するなど、単にこちらから「伝える」だけでなく、「教え合う」領域に突入しつつあります。

そうなると、より一層、「パッと見てわかる」ことの重要性が増してきます。JX通信社は情報デザインに長けた人材が多く、これまでもかなり情報の「見せ方」にはこだわりのあるプロダクト開発を行ってきていますが(PowerPointで資料を作る機会の多い渉外担当としては、とっても緊張しますっ)、改めて、そのプッシュ通知を受け取っているのは「緊急時という切迫した状況にいる」「健常者の日本人だけとは限らない、多様な人々」だということを、ユーザー数が激増している今、改めて認識したいところです。

JX通信社では、仲間を求めています

そんなJX通信社では、UI/UXデザイナー、セールスインターンなどなど、いろいろ募集中です。猛烈な人数に一瞬でリーチし、時には受け手の安全に関わる報道コンテンツという世界でデザインの力を活かしたい方、そのコンテンツを様々な形で企業や団体にもお届けして、安全な社会づくりに関わることに関心のある学生の方、ぜひご応募お待ちしています。

余談。

上記の実験で、一番悩んだのは「国民保護情報」のピクトグラムをどのようにするべきか、という議論です。国民保護情報とは、「ミサイル攻撃事態」など、激しく日本に危機が迫っている場合に国から発出される警報ですが、ミサイルが「どこからどう飛んでいる」絵を書くかは、下手すればちょっとした国際問題になりかねません(実際、デザイナーからそういう絵が出てきてボツにしました)し、実際にどういう事態が発生するのかはまったく事前に予想がつきません。

結局、こんな感じに落ち着きました。

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これで良かったのかは、まだ答えを持ち合わせていません。机の下に入れば果たして助かるんだろうか。


自分の仕事(地方自治、防災、AI)について知ってほしい思いで書いているので全部無料にしているのですが、まれに投げ銭してくださる方がいて、支払い下限に達しないのが悲しいので、よかったらコーヒー代おごってください。