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オーディション

 18年経った今でもときどき思い出す。
 クラスメートから、あるチラシを手渡された日のことを。

 SNSでもたびたび書いているけれど、私は中学1、2年時にいじめられていた。(幼い頃からいじめられることはあったが、この頃が一番ひどかった)
 特に、中1の頃はクラスに仲のいい友達もおらず、休み時間もひとりで過ごすことが多かった。

 そんな私だけど、クラスメートから一目置かれているものもあった。
 歌だ。
 音楽の授業中に行われた歌のテストでは、どうやら私はトップの成績だったらしい。クラスでも、歌が上手いキャラとしていじられるような場面もあった。歌は、私にとってもっとも自信が持てるもののひとつだった。

 ただこれは、私の声や技巧が特別に優れていることを意味するわけではないのは分かっていた。単に、人前で堂々とパフォーマンスをすることに恥じらいや抵抗がなかっただけだ。思春期まっただ中、授業中の発言や発表に恥じらいを持つ生徒も多い中、私はそういうことはまったく気にしなかった。それゆえの結果だと思っている。
 歌だけでなく、朗読、スピーチ、英語の発音も当時は褒められることが多かった。しかし、これも別に天賦の才でもなければ努力の賜物というわけでもない。単に、照れを持たずに発声できるということがほかのクラスメートとの差別化に繋がり、耳目を集めていただけだろう。

 当時、長崎市内の中学校に通っていた私は、進学先として長崎東高校を親からそれとなく勧められていた。学校の成績と自宅からの距離、両方の点から私に近そうではあった。ただ、親の仕事の都合で中学を転校する可能性も考えられたので、長崎東に行くことはたぶんないんだろうなぁ……と、ぼんやりと考えていた。

 そんなある日のこと。クラスメートのNちゃんがニコニコしながら、三つ折りにされたチラシを私に手渡してきた。目力の強い茶髪の女性の顔写真が印刷されている。
 なんだろう、と思って開いてみると、それは芸能オーディションの申込用紙だった。

「え……?」

 どう捉えたらいいのかよくわからなかった。芸能オーディション? 歌手を目指せということ? いじめられっ子の私に? 正気なのだろうか。
 彼女がどこまで本気なのかはわからないけど、なんらかの評価のつもりなのだとしたら、素直に嬉しい気持ちはあった。
 ただ、Nちゃん本人は私をいじめるようなタイプではなかったけど、私をいじめるタイプの同級生はNちゃんとは親交があった。誰かが私をからかおうとしたり、騙して笑おうとしているのではないだろうか……という猜疑心も湧いてきていた。とりあえずチラシは鞄の中にしまった。

 やがて中学2年になった。親が転職することになり、冬に私の転校も決まった。引っ越し先はお隣の佐賀県だ。転校によって、いじめられることもなくなった。高校は佐賀県の高校に進学した。

 

 月日は流れ、2016年になった。
 世間ではあるゴシップで盛り上がっていた。タレントの不倫騒動だ。ベッキーのことも好きだったし、「ゲスの極み乙女。」の曲も、紅白で聴いていいなと思っていたばかりだったので、このニュースには少なからず驚いた。
 そんな中、「川谷絵音は、地元の長崎にもベッキーを連れて帰っていた」という報道を見かけた。
 へぇっ、川谷絵音って長崎の人なんだ? 長崎のどこの出身だろう……と思って調べてみると、え、1988年12月生まれだから私と同い年!? え、出身高校は長崎東!? ……ってことは、私が長崎の中学で一緒だった〇〇さんとか××くんとかと高校の同級生だったってこと!? へー、そっかー、そうなのかー……。不倫騒動以上の驚きだった。

 Instagramのタイムラインを何気なく眺めていると、長崎の中学時代のクラスメート・Nちゃんの投稿が流れてきた。テレビの歌番組の感想が書いてある。
「川谷君頑張って歌ってたな~」
 そういえば、Nちゃんは長崎東高校に進学していた。そっか、「川谷くん」と同級生だったのか。

 私がNちゃんから貰った芸能オーディションのチラシは、そのままずっと鞄の中にお守りのようにしまっていた。その後どうしたっけ。引っ越しか卒業の際に、鞄ごと処分してしまったような気もする。

 メディアで川谷絵音の姿を見るたび、私は中学の同級生Nちゃん、そして、しまったままのオーディション応募用紙を思い出す。
 私もあの応募用紙を使っていたら、もしかしたら今ごろ向こう側にいたのだろうか。親が転職していなければ、私は高校で「川谷くん」と机を並べたのだろうか──。
 そんな「分岐点」に時折、思いを馳せる。

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