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魂尽き唄《短編小説》

丑三つ時にゃ気を付けな
トントントン…
鞠つき唄と呑気に
トントントン…
もう一回ついて回して
後ろ見りゃ
憎む相手の魂が尽きる…




じわっと汗が背中に張り付き、寝苦しさで毛布を剥いだ。

まただ。また…。
私が…私がやっぱり……。

汗が気持ち悪くシャワーを浴びようと、枕元の時計に目をやる。
丁度午前二時。
嫌な時間…。そう呟きながらバスルームに向かった。

シャワーを浴び、サッパリして出て来たら目が少し冴えてしまった。
明日は幸い仕事は休み。

夢があまりに鮮明で、脳裏の端にこびりついたままだ。

私は小学校の卒業アルバムを引っ張り出した。

皆の名前を眺めていると、ふとあの嫌な感覚が襲って来た。

「庄司 美香」

……彼女だけは、あの日から変わらない。


私は生まれも育ちも、都会だった。それが、小学六年生の時に急に父の仕事の都合で、遠い場所に一年間だけ越す事になった。
都内とその県は、新幹線でかなり時間がかかる田舎だった。
初めは月一だけ、父がこっちに帰ってくる予定だったが、任された仕事や立場的に身動きが取れない事が分かり、仕方なく母も私を連れて一緒に父の住む場所へ越したのだ。

母もずっと都会で生まれ育ったお嬢様で、とても田舎に馴染む様なタイプではなかった。
 
初登校の日も、母は心配して学校の門まで送ってくれたが、正直私は恥ずかしかった。

教室に担任の先生と入り、自己紹介をして指定された席に着いた。
チラチラと視線を感じ気まずかった。

休み時間になると、机の周りには人集りが出来、質問攻めにあった。
東京ってどんなとこ?
色んな質問が矢継ぎ早にされた。
私は若干戸惑いながらも、質問に答えていた…その時
ガタンッ、一際大きな音がして椅子を立った子がいた。
一瞬静かになる教室。
皆がその人物に注目している事は気付く。

そっと目を向けると高身長で大人びた雰囲気の、とても同じ歳には見えない少女が私を軽く睨んだ。
無言のまま、取り巻きの様な少女四人を連れ教室を出て行った。
一瞬静まり返り、気まずい空気が流れたがすぐにお調子者らしい男子が、新たな質問をしてきたのでその場は何事もなく過ぎた。

数日間は平和に過ぎたが、あの彼女の視線は常に私の背中を突き刺す様に見ていた。
仲良くなった四人組で下校途中、突然目の前に彼女達が立ちはだかった。

「あんた、東京から来たからって調子のってない?」
私は唇を噛み、何も言い返せなかった。

その日以降、徐々に私への嫌がらせはエスカレートした。
それでも、友達になった三人は私の傍に居てくれ、常に庇ってくれていた。

ある日、それは起こった。

私はその日、真冬にも関わらず庄司 美香から、わざと花壇にあげる水をホースから吹き付けられたのだ。
全身びしょ濡れになった私をみて、彼女は笑っていた。
さすがに取り巻き達も「ちょっとやりすぎだよ…」と小さな声で言っているのが聞こえた。

美香は私を見て「お嬢様なんでしょ?風邪でも引いたら大変!早く家に帰んな!」
あの時の目を私は忘れたことが無い。

その日の夜、私は高熱を出し悪夢にうなされていた。

学校の規則で、通ってはいけない吊り橋があった。
かなり古いし、距離も長い為近道でも使っては駄目だと言われている場所に、私は彼女を呼び出した。

「こんなとこに呼び出して何なの?」
不貞腐れた顔で彼女が言う。
私は無言で彼女に近付いた。川が轟々と音を立ててすごい勢いで流れている。
私は…彼女の肩をとんと片手で突いた。

「何する…落ち…キャー………」

ハッとし目が覚めた。
全身汗だくだった。

階下で母の声が聞こえる。こんな時間に、誰かから電話らしい。
「え?美香ちゃんが?…どこで?!え、あの吊り橋の?……」
その後の声は聞き取れなかった。

熱が下がり学校へ行ったら、美香の机には花が活けてあった。

「あ、伊緒里ちゃん!大丈夫?」友達が駆け寄って来た。
私はただ頷いた。美香の机から目が離せなかったのだ。
「美香ちゃん…夜中に、一人で吊り橋に行ったらしいの。理由は分からないって。警察も調べたけど、事件性はないらしいって、私のお母さんが教えてくれた」

「…………」
あれは、私がしたんだ。美香をこの手で…。

それから私は小学卒業と同時に、東京に戻った。

けれど、今も彼女は私の傍にいる。
あの地方特有の呪いの魂尽き唄を、歌い続けている。





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