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長編ミステリー コSign

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2年半費やしましたが、ようやく小説が完結しました。 「コ」は小・故・固・呼・股・娘・己など多くの字を包含する「コ」です。 別に自信がある訳ではないのですが、横溝正史ミステリー&ホ…
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#線維筋痛症

1.色の始まり

─── 需要があるものは供給されるべきだ   十文字光

 きのうの土砂降りが嘘のように、東京にしては奇麗な青空が広がっている。吉祥寺で井の頭線を降りると南口を井の頭公園へと歩き、加古芳也は十文字の家に向かった。一駅手前の井の頭公園駅で降りて歩いてもほぼ時間は変わらないが、吉祥寺駅南口から公園まで下る途中の、雑多でおしゃれな商店街が加古は好きだった。お香の匂いがしたり、コーヒー焙煎の匂いがしたり

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4.β-エンドルフィン

 加古は渋谷のライヴハウスでの小劇団の芝居に慶菜と来ていた。結構過激な演出で、女性が裸になったりするシーンがあったり、本当に水を浴びせたり、常連と思われる客からは称賛の声が上がっていた。特にストーリーはなく、一昔前の不条理劇なのだが、若い世代には新鮮で、加古と慶菜は終始見入っていた。
 観劇後、二人はすでに桜満開の道玄坂途中にある飲食店ビルの中のレストランで夕食を食べた。渋谷にしては安い部類の、若

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5.陽炎の奥

 加古は爆睡から目を覚まし、十文字の葬式も忘れて、明日の慶菜との楽しみに胸を膨らませていた。そして春分と気付いて窓の外を見やると、アパートの庭に桜が咲き始めていた。大学も来週の前半までで春休み。いよいよ3年生になる加古。一般教養ともおさらばだ。国文学を堪能したい。温故知新である。本当は古文にあまり興味がなかったが、敢えて国文科にした。
 文学の道しか興味がない高校生で、武道は片手間。それでも剣道二

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6.不穏という名の

 その頃、明京大学ラウンジで、高島慶菜は奇妙な光景を目にしていた。寝不足の目を擦っても見間違えはない。演劇部の活動日で、休憩しようと入ったラウンジの片隅、退職したはずの矢野元教授と高校のクラスメイトだった英文科の多和田茜が談笑している。
 高い天井がガラス張りの窓際。学内で最も欧米大学風の場所だ。外には四季折々の花壇が見え、灌木も植えてある。小雨は先程やっと止んだ。
慶菜が、
「茜、どうしたの?」

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7.デート、そして

 東八道路を東に走り、人見街道を経て井の頭通りへ。ちょっとした渋滞はあったが順調に走った。京王線の下を潜ると彼女のアパートはすぐそこだ。慶菜の実家は八王子市南部の地主で、大学に通うにはいささか遠いという理由を盾に一人暮らしをさせて貰っていると聞いた。
 年頃の娘を持つ親は、心配で実家に置いておきたがるが、娘本人は年頃だからこそ実家を出たいものだ。異性との交際に口を出されるのが嫌だからに決まっている

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8.震える弥生

 痴漢、バイオレットピープル、殺人、MEA、アンダーテイカー、色川容子、加圧ジム、矢野元教授、篠崎陽晴、品田風美、アイグレー、加古を含めて捜査妨害と思われる犯行、そしてモルヒネ。要素が多過ぎて、頭がこんがらがって事件のこれといったヒントが見つからない。
 そこへ加古から着信が。
「おはようございます。いま彼女を用心しながらアパートまで送ったところです」
「そうか。彼女の名前は?」
「高島慶菜。明京

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11.ほどけないもつれ

 外出こそできないが、同棲状態でどちらの両親にもバレないのは最高だ。慶菜も同じ気分らしい。ただ、警察の寮なので、音量は控え目にしないと迷惑になる。幸い雨音が大きいが、慶菜は達するときの声が大きいので、それは必死に我慢させた。
 「僕さ、卒業したら塾講師しながらミステリー書こうと思ってるんだ」加古は正直な気持ちを言う。慶菜も賛成した。
「私は目先OLだろうけど、贅沢言わなければ生活できるわよね」と嬉

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12.不思議な凶器

 多和田茜を帰らせて、野津と岩田は捜査会議室で推理を練っていた。
「矢野・アイグレー・多和田・品田というラインが成立するとしたら、さあなあ」と岩田が苦慮する。
「まあガンさん、矢野がバイオレットピープルでありかつアイグレーというのはちょっと飛躍した推理になってしまいます」
「だよな。もうひとつ、千堂・篠崎姉弟・アンダーテイカー・モルヒネ。ここも、モルヒネを徹底追及できないが、関連性は知りたい」

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13.証言の円舞

 警察寮に戻ると、ほどなく加古のスマホが鳴った。野津からだ。
「加古くん、どこかで体液を採取された覚えはないか?」
「あ、それはその、あります、けど、いま言えません」しどろもどろになる。黒猫みゃあこしか思い浮かばなかったから、慶菜の前では話せない。
「わかった。じゃあ、ちょっとそこへ行くから、寮の前で話そう」
スマホを置くと慶菜が、
「どうかした?」といぶかった。
「いや野津さんと個人的に話がある

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14.誰がウィクトーリアか

 三鷹北署に戻ると、入り口前に報道関係者が来ていて、水巻という男が指名手配されているがどう思うかなどと訊いてきた。二人は何のことか分からなかったが、逆に質問すると、
「岸村の殺害犯ですよ。知らないんですか?」と言われた。最新のニュースはうっかりだがテレビもラジオも聞いていなかった。岩田が、
「それは警視庁に訊いてくれ」とうるさいとばかりに言ったが、
「連続殺人の捜査本部はここでしょ?」と別の記者が

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15.消された二文字

 茜のスマホには『明京女子』という連絡フォルダがあり、二十人ほどの人物が並んでいた。それ以外にも『他大学』というフォルダもあり、そこには九人の連絡先があった。
「この人物すべてに当たれば、実行犯がいる可能性はあるんだね?」岩田が訊く。
「そうですね。可能性でしたらあります」
「早速聞き込みをしてみる。野津、捜査本部に伝えて欲しい」と岩田が言ったとき、江頭が部屋に入ってきた。
「陽晴が証言しました。

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16.豊里裸族

 その頃、加古は一人でネット検索をして、事件のことを調べていた。千堂聡介の名前も挙がってくる。驚いたのは真偽のほどは定かではないが義理の娘、瑞穂の父親は先日外国で亡くなった橋爪大使だという情報だった。確かに橋爪大使は千堂の後ろ盾で、LGBTQ開放の賛同者でもあった。だが現在の千堂は篠崎さやかと不倫しているのは確定だ。連続殺人の主犯は千堂だろうか、と考えた。実行犯が誰なのか情報不足で分からないが、矢

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17.晩春の嵐光

 『ああ、加古くん。なんか久し振りな感じだね。何か新情報があるの?』
「豊里村のことですが、地図を調べたら、篠崎家と千堂家が隣り合わせなんですよ」
『昭和30年から40年くらいの地図?』
「そうです。まさにその時期ですね」
『さやかと千堂はそれを知っているよな、普通』
「ええ。売却のときに地図を見たはずです。ということは千堂と篠崎さやかは、完全な他人ではない可能性がありますね」
『だよね。戸籍がい

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18.G・Y

  加古は自分のアパートで慶菜と一緒に、ゴールデンウィークの予定を立てていた。
最近の慶菜は、服装の露出度が控え目になっている。コンタクトも外してメガネをかけていた。もう誰の目を惹く必要もないからだろう。普通のロンTにデニムだ。加古も着古した服装でリラックスしている。
「ディズニーランドは行きたいでしょ?」
「うん、そうだね。ただ混みそうだから、いっそその直前の平日に行かない?」
「それもそうね。

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