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自己肯定感が「ない」ようで「ある」私

まず謝るが、あの月の写真はただ秋の月夜の寂しさを表したかっただけでどちらでもなかったのだ…ごめんよ…。そしてそこまで考えることができるしあんの思考力にも驚いた。こういう何も考えていない人間に振り回されていないか心配である…。

さて、自己肯定感。
このワードが自己啓発系やスピ系界隈の流行りワードになってどのくらい経つのだろうか? そろそろ言い尽くされてきている感はあるが、いまだに「自己肯定感を上げて生きていこう☆彡」といった言葉を話す人は絶えないし、それにすがって生きている人も多いことだろう。

もちろん、自己肯定感が高いに越したことはない。
自分イケてるけどなんか文句ある?といったギャルズの強さはマジでカッコいいし、自分の満足いくように自分の人生を構築していくことの重要さ、そしてそれが自己肯定感の高まりにつながることに異を唱えるつもりはない。

でもそういったギャルズだって、たまには「自分これでいいのかな…」と悩むことはあるだろうし、否定されて落ち込むこともあるだろう。
自己肯定感が常に高い人など本当にいるのだろうか?
そしてそれは本当に好ましい状態なのだろうか?

自己否定はそんなに悪いことなのか?という問題提起をしてみせた信田さよ子の下記著書は、そういう意味で本当に目の覚めるような内容だった。

自己否定が成長過程において重要とされていた時代もあるのだ、客観的に自己を見ることができるという状態の何が悪いのか?と指摘し、「自己肯定感を上げる」といった言説が結局は「行き着くところは自分しかいない」「自分しか自分を褒めてくれる人はいない」といった崖っぷちへと人を追いやるのだ、と「自己責任の罠」のからくりを説明している部分は、もっと多くの人に読まれてほしいと思う。

しあんは「自己肯定感がない」という。
もちろんそれによって苦しむことのほうが多いだろう。
でも、悪いことばかりではないよ、君のその思考力はそういった部分から研ぎ澄まされてきたんじゃないかい?と思う。そう考えたって別にいいんじゃない?

ちなみに私はというと、だいぶ歪んだ自己肯定感を持っているのではないか、というのが実情である。

私はこの信田さよ子の著書を読むまで、自分がアダルトチルドレンなのだと思っていたのだが、手に取って読んでみて、私の母がアダルトチルドレンだったのだ、と思い至り、だいぶ自分や母への見方が変わった。

「アダルトチルドレン」とは、原義的にはアメリカで生まれた言葉であり、アルコール依存症の親を持つ子どものことを指す言葉なのだという。アルコール依存症の親からの暴力、暴言、ネグレクト、経済的困窮といった環境が子どもに与える影響(「子ども」という人格の剝奪)=その後の人生における自己肯定感の喪失やアルコール依存症の発症等、を表そうとして生まれた言葉が「アダルトチルドレン」らしい。
そしてまさにその状況が、母や叔父の子ども時代に重なるのである。

母の父である祖父は、たいそうな酒飲みであり、元から言動も乱暴なところがあった。(60歳くらいのころ、ビール大ジョッキを4杯飲んでケロッとしていたことがあった)母もよく「子どものころ遊びに連れて行ってもらっても、じいちゃんは酒を飲んでばかりで全然遊んでくれなかった、放っておかれてた」ということを私や妹に愚痴っていた。祖父は6人だか7人だかくらい兄弟姉妹がいて、末のほうにあたるのだが、そのきょうだいともよく大喧嘩をしていて、祖母が亡くなるまで絶縁状態のようなきょうだいもいたという。
私が祖父と会っていた時も暴言はよくあったし、きっと暴力やネグレクトもあっただろうなと今は思う。

それが何を生むかというと、信田さよ子の著書によれば3つのタイプの「アダルトチルドレン」だという。
アルコール依存症の親がもう片方の親に暴力暴言を投げつけ、立ち行かなくなる家庭の中で、①それを自分が立て直そうとする調整役タイプ、②自分が面白いことを言って場を和まそうとする道化師タイプ、③自分が空気になったようにその場で起こっていることに全く関与しようとしない空気タイプ。

これを読んでウワーーーーーとなったのは、母が①調整役タイプであり、叔父が②道化師タイプだと感じたからである。
母は何でも自分の裁量でやりたがり、自他の境界をかなり失して広げていってしまう人である。どうしてそれを調整役タイプと感じるかというと、何につけても「私がいないと・私がちゃんとしていないとこの場はうまく回らない」という思考を感じるからである。私は現在実家で両親と暮らしているが、例えば食事の面で言うと、私が少しで大丈夫といってもおかずを多くよそろうとするし、父がもうおなか一杯と言っても「そんなはずはない、もっと食べれるでしょ」という。私たちが自分のことをちゃんと自分で把握できていると思っていないのである。母が私たちのことを「管理してあげないと」私たちの体調や暮らしが立ち行かなくなると、恐らく本気で思っているのだ。そうとしか思えないほど、私たち自身の話を聞いてくれない。そしてそれは、恐らく母自身の成育歴(父親のアルコール依存症による機能不全家族)に端を発しているのだろうと気が付いたとき、ようやく私は母を毒親としてではなく、また別の視点から見られるようになった気がする。

ちなみに叔父が②のタイプというのも本当にそうで、何につけても人を笑わせようと冗談を言って、場を和ませてくれる。現在の職場でもそういう道化師的な立ち位置になっているようである。それもきっと同じ要因なのだろう。そして叔父はアルコール依存症者である。二度救急車で運ばれている。ウワーーーーと思う私の気持ちも無理ないと思わん???

つまり私は、アダルトチルドレンの子ども、だったのだ。

そういう子どもがどう育つかというと、母の思う「理想」の家族を押し付けられる。具体的には、母の好きなお洋服、好きな音楽、好きなスタイルが正義とされ、母に味方することこそが正義であり、私はそういった母の「愛情」をたっぷり受けて育った「宝物」なのである。
母の好きなスタイルの洋服を着ると「あら素敵ね」と褒められる。母の「洗練された」家具や食器や絵画に囲まれて育った私は、ほんの少しだけ「上品さ」について目利きができるだろう。そういう意味で、肯定はされている。そして自分もブランド物を時々買ったり、それが似合うと思える自分に、その肯定への適応を感じる。

一方で、本当の私を見てもらえていないという思いは常に抱いている。母の中には私というラベルの貼られた何か別の物体はいるが、私はいない。
私には私の大事にしたいことがあるということ、母のではない、私のリズムがあるということを伝えたいと涙ながらに言葉をつづっても、「頑固だ」と呆れられて終わったことは何度もある。
成長過程の中で、絶対的な女帝のごとく君臨する母にわかってもらえない自分、という苦しみはずいぶん長い間私を蝕んでいたし、今も時々思い出して苦しくなることがある。いまだに母と二人きりになることは苦手だ。

この、自己肯定感がないような、あるような、何か歪んだあり方は、しかし意外に世の中に少なくないのではないだろうか。
母もその一人だ。自分のリズムに絶対的な自信があるように見えて、実は肝心なところで人の助言をもらおうとしたり、背中を押してもらいたがったりするし、最初のほうで書いた「自己肯定感」言説や一時期流行ったアドラーの「嫌われる勇気」を得意げに私に語ってみせたりする、権威主義的なところもある。もっとずっと前に流行った「オーラの泉」で件の占い師にハマったこともある。ほんと何なんだろうね~。

だから、自己肯定感がないと言い切るしあんが逆に眩しく見えたりした。実は。
別に本は読まなくてもいい。
でも、いろんな見方があるということを知ってほしいな、と思う夜であった。

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