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SS 部屋に見えない猿がいる #ストーリーの種

部屋に見えない猿がいる。琴江ことえは、ゆっくりと猿に近づくと刀を抜いた。

「また猿が出たのか?」城主の滑川勝馬なめかわかつまは眉をひそめる。領民が猿が田畑を荒らして困ると陳情をした。百姓達では猿を追い払うのにも限界がある。山狩りをして欲しいとの事だ。

ただ山が険しい。おいそれと人が進めるような場所では無い。領主が知恵を出せと家来に命令をする。重臣の一人が「猟師を雇いましょう」と進言をした。滑川は金を出して討伐を命じた。

だが結果は失敗で、猟師が険しい山道を歩いている最中に襲われて何人も死んだ。犬を使っても知恵があるのか木の上から物を投げると言う。「本当に猿なのか?」滑川は不信に感じる。

猟師でダメならば家来が討伐に出るが矢や鉄砲を使っても数匹は狩れるのだが、すぐに見えなくなる。武士が帰るとまた出てきて田畑を荒らす。この繰り返しだった。武士すらも使えないとなれば面目もある、他の藩から「あそこは猿すら退治できない腰抜け」呼ばわりされるだろう。

滑川が悩んでいると先代からの忠臣が進み出る。「生けにえを使いましょう」滑川は猿に人質を差し出して何が変わるのか疑問だが、話を聞いてみる。「あの山には化け猿がおりましてふもとの村を襲ったと言います。村の者は若い女子を捧げる事で、難を逃れたと伝えています」滑川は鼻で笑うが、もし本当ならば一計があると考えた。

「お主が贄となり猿を退治しろ」平伏する家来は、先代からの忠臣の孫娘だ。女武者として城内の護衛をまかされている。滑川は忠臣の気味の悪い話への当てつけもあって指名をする。

琴江ことえと呼ばれる娘はまだ若い。細い体で大役が務まるとは思えなかった。琴江は「承知致しました」畳に座りながら一礼をする。琴江は村に行くと古来の贄の方法を聞いて準備をする。

にえが置かれる場所は、山の中程の洞窟の前だ。朝のうちに山に入り洞窟に到着をすると、中に人が座れる位の箱を組み立てる。そして贄を入れて座らせた。村人がそそくさと帰る。日が沈み、夜が深くなると箱を叩く音がする。「おらんかな、おらんかな」人語だ。

「おりませぬ、おりませぬ」琴江ことえが教えられた返事をすると、箱が持ち上がった。ゆらゆらと運ばれる。半時くらいすると地面に降ろされた。箱の上の蓋がそっと開く、そのまま何も起きないので箱から頭を出す。そこは古寺なのか屋根が半分だけ残っているが、外が丸見えだ。月が出ているのか異様に明るい。

箱から出ると気配を探る。何も見えない。闇に目がなれるとうっすらと人影が見えた。刀に手をかけてゆっくりと近づいた。猿だ。見えない筈の猿は、月に当たると影を作る。琴江が抜き打ちをしようと近づくと、「まちなされ」とまた人語をしゃべる。ただ人がしゃべるような言葉ではない。たどたどしい言葉は人外の発する言葉だ。

ぬっと闇から出ると猿とも人とも見える大きな男がいる。顔は人なのだろうが体には毛がある。体は大きくてやさしげな目をしている。「おぬしにたのみがある」男は山主やまぬしと名乗る。「おれはこの地に、おまえらが来る前からいる部族の生き残りだ」「先に住んでいたというのか?」琴江は刀を抜いたまま質問をする。「そうだ、ずっとずっと前から居る」

話を聞くともう同じ仲間は居ない。ただ子供は欲しい。にえの娘をもらっても子供は出来なかったと言う。「バケモノの子を産めと?」琴江ことえが憎しみの目を向けると、山主は悲しそうに泣いた。琴江は「他の娘達はどうした?」と聞くと「長く一緒に居たが最後は年老いて死んだ」と答えた。山主は想像を超える時間を生きているらしい。

「猿どもをなんとか出来るのか?」「おれは猿と話せる、今年は山の恵みが少ない、少しだけ人が山に入らなければ今年は暮らせる」なるほど人が山の恵みを収穫するので猿どもが飢えるらしい。

琴江ことえは「ならば入山を禁止するので、猿どもを里に下ろすな」と約束させる。山主やまぬしがうなずくと、琴江と相談をする。朝が来ると琴江は山を降りた。そのまま城主に報告をする。滑川の怒りは激しく琴江を縛り上げると牢屋に放り込んだ。そして山の洞窟に侍を向かわせて、山主を探させるが、山寺なぞどこにも無い。

「うぬ、わしをたぶらかしたか」琴江ことえは折檻を受けるが、事実しか話をしていない。滑川は折檻を受けた琴江を見ると情欲に負けたのか、そのまま側室にしてしまう。何年かすると琴江に子供ができた。男の子は異相だが賢く勉学も武芸も達者で誰もが次の城主として期待をしていた。

ある日、琴江ことえと子供は城から居なくなる。探しても見つからない。琴江は、山主やまぬしの所に戻っていた。異相の子供は山主の種だ。山主は、姿を隠してずっと琴江と交わっていた。栄養が良かったのか、子供に恵まれた。子供ができなかったのは単に食べ物が悪かったのだ。山主と琴江がその後はどうなったのかは、誰も知らない。

終わり


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