小説版 『幸運対菓』 その1
幸運対菓
ラスグレイブ探偵譚より 著作『チームレッドへリング』
【本作のアプリ版、電子書籍版などは此方から】
「へえー、ケイトが料理するなんて、珍しいね」
応接テーブルの上には、大ぶりなベイクドチーズケーキがデンと鎮座している。
上は艶やかなきつね色のチーズ生地、下はしっとりしたクッキー生地。香ばしく甘い匂いを放っていた。
「まー、あたしだってやれば出来んだよ。ま、食べてみて」
先ほど一階の雑貨店にやってきて、そのケーキを差し入れてくれたのはケイトだ。
何でも、勤め先の昇給祝いで作ってみた、とのことだ。今まで貯めてきた分とプラスしたら買いたいものがあれもこれも買える! と、かなりご満悦の様子だ。
昼食直後という事もあり、少し薄めにカットしたケーキをクラリティと二人で口に運ぶ。
「……うむ、これは……美味いじゃないか!」
以前、クラリティから、彼女の料理は大分酷いモノだと聞いていたので、少しビクついていたので驚いた。
「クッキー生地が少し厚い気もするけど、チーズ生地もふわっと仕上がってて、上出来じゃない」
「ま、ネタばらしすると、クッキーだけ自前で、あとはマスターのレシピ通り作っただけなんだけどね」
なるほど。彼女の勤め先であるパブ、イロジカルのマスターのレシピなら美味さにも納得だ。
だが、自前だというクッキー生地の方もなかなかの腕前だ。バイト先が飲食店だと、調理の腕前も上がるものだな。
最近仕事を頑張っていたみたいだし、この調理の腕ならば昇給も頷ける。
「折角なんだから、ケイトも少し食べて行かない? 」
クラリティの言葉に、ケイトは一瞬顔を曇らせる。
「あー、いい、いらねー。……あ、わりーわりー、最近なんか胃の調子悪くてね、はは」
そういえば、ケイトの顔色が心なしか悪く感じる。目の下に隈も出ているようだ。
「駄目よ、ケイト。もしかして、一人暮らしで、不規則な時間にご飯食べてるんじゃない? 肉だけじゃなくて野菜も食べてる?
ちょっと待ってて、今朝市場に行った時に果物をいっぱい買ってきたから……果物なら食べられるでしょ? 少し持っていって」
そういいながら階下の台所に駆けていくクラリティ。
「うん、果物は嬉しいけど……最近、本当にシスターママに似てきたな、リッテ。毎日誰かの世話焼いているせいかな? 」
「誰の世話だか」
確かに私はクラリティには世話になっているが、世話を焼かせているわけでは決してない。
ない、といいんだが……
その後、ケイトは袋いっぱいのリンゴや葡萄などを貰って嬉しそうに帰って行った。
なお、残ったケーキは保冷庫の片隅に保存して、次の日、おやつに頂こうとしたら何故か半分になっていた。
あの後、店にやってきた、アイリーンが一人で、美味しくいただいたらしい。
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