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黒いボウタイブラウス

二十歳の私に舞い込んだのは黒いサテンのボウタイブラウスだった。

まだ学生で、ツヤツヤしていて襟元にリボンがくるであろうこの服をどうやってきたらいいのかわからなかったし、そもそもいつ着たらいいのかすらわからなかった。

だけど、大人の女の人が着たらかっこいいだろうという思いとともにクローゼットにしまっておいた。

初めて着たのはいつだっただろう。先輩の結婚式の二次会で同系色のパンツと合わせて着ていった気がする。自分がこの服を着てよいのかとドキドキしていた気がする。

就職先がアパレル関係とつながりがあったので、レセプションパーティーのときなどにもよく着ていくようになった。次第に、私がこの服を着てもいいんだと思えるようになっていった。

かっこいい女性とは少し遠かったかもしれないけれど、髪を伸ばして香水もつけるようになって、この服を着ると背筋がピンと伸びて嬉しかった。少し高めのヒールを履くと自分が少しかっこよくなったような気すらした。

肩から重い荷物を掛けることが多かったからか、右の肩のあたりに少し擦れがでてきた。少し残念に思いながらも時々着ることもあり、なかなか捨てられなかった。

それから、仕事を辞めてきれいな服を着ること自体がなくなっていった。それでも、クローゼットで私の誇りとして眠っていた。

私はもうキラキラした空間とは違う世界で生きることになった。少なくとも10年はそこで生きていかなくてはならない。

ツヤツヤのサテンの服なんて着ていく場所はないし、着ていくとしても浮いた人になってしまう。好きな服を着ることができないことに少しずつストレスを感じていたけれど、自分では気づくことなく過ごしていた。

そして、コットンのボウタイブラウスを見つけた時にこれを買おうと思った。サテンのボウタイブラウスにありがとうを言って手放した。

少しだけきれい目にでかけるときに着ている。ボトムスはカジュアルなデニムと足元はペタンコのバレエシューズになった。小ぶりのパールを身に着けると今の自分にちょうどいい着こなしになった。

着ていない期間もあったけれど、ボウタイとは長い付き合いで、リボンは結んでも結ばずに下ろしても着ることができることを知っていたし、着ていても恥ずかしい気持ちも湧き上がることなく、むしろ安心する服になっていた。

またいつか、いつかキラキラした世界に足を踏み入れることができたなら、スルスルと手から滑り落ちてしまうようなツヤツヤのサテンのボウタイブラウスが着たい。色はもちろん黒。それまで、肌のお手入れもちゃんとしておきたいとこっそり思っている。

もう一歩前に進もう。そう、前に進もう。


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