「働くこと=健康を害する活動、になってはいけない」産業医・岡部先生と考える、アフターコロナの働き方と健康経営
ここ数ヶ月で、自宅で働くというワークスタイルが一気に一般的なものになりました。「通勤がなくなってうれしい!」といったポジティブな声が聞こえる一方で、身体の不調に悩まされている方も少なくないはず。
そこで今回お話を伺ったのは、産業医として企業の健康経営をサポートしつつ、インソールを使った予防医療に取り組む株式会社ジャパンヘルスケアの代表をつとめる、岡部 大地(おかべ だいち)先生。
在宅勤務が普及するこれからの時代の健康維持法と、望ましいワークプレイスのあり方について教えていただきました。
在宅勤務における健康の悩み。ツートップは「コロナ太り」と「肩こり・腰痛」
── 在宅勤務が増えるなかで、どんな身体の不調が増えているのでしょうか?
最もよく聞くお悩みは「コロナ太り」です。外出自粛の影響で、出歩く機会がめっきり減っていますからね。
自宅で筋トレをしている方もいると思うのですが、あれは無酸素運動といって、筋力を強くするもの。ウォーキングやランニングなど、カロリー消費に効果的な有酸素運動は、どうしても不足しがちな人が多いです。
── 確かに歩数計を見てみると、在宅勤務の日は500歩にすら満たないこともあります‥‥。
そうやって歩かなくなると、いくら間食を控えたり、食事に気を使っても、やはり体重は増えてしまいがちですね。
しかも、運動不足になると代謝が低下しますから、悪循環でどんどん太りやすい体質になってしまうんです。
── 正直、「元々デスクワークだし影響ないや」と思っていました。毎日の通勤がなくなっただけで、こんなにも運動不足になってしまうんですね‥‥。
まさに、そのとおりです。皆さんあまり気付いていないと思いますが、「運動しよう」と思って運動せずとも、オフィスと自宅の往復だけで、それなりの運動ができていたんですよ。
── コロナ太り以外には、みなさんどんな不調を訴えていますか?
肩こりと腰痛に悩む方も、非常に多いです。「コロナ太り」と「肩こり・腰痛」、これが二大巨塔という感じですね。
── こうした不調を改善するには、どうしたらいいのでしょうか?
結局のところ、やはり多くのケースで必要なのは運動です。当たり前のことですが、運動不足で引き起こされる身体の不調は、運動以外の手段で解決することは難しいですから。。
ただ、がむしゃらに運動すればいいわけではありません。誤った方法や、過度な運動をすると、逆に身体を痛めたり、身体の不調を増やしてしまう可能性もあるんです。
私は、日本ではまだ数少ない「足病医(ポダイアトリスト)」として活動しているので、まず足の状態に目を向けてほしいと考えています。
足は、身体のなかで唯一地面に触れている部分、つまりは“土台”です。この土台が安定していないと、立ったり歩いたりする際、全身に歪みが生じてしまいます。
また、例えば扁平足の方などは、よかれと思ってやった運動が過剰な負荷になってしまうことも。運動量が多すぎる場合、むくみや外反母趾などの細かなサインが現れるものですが、なかなか気付けない方が多いんです。
── なるほど。運動は正しい方法で、適切な量を、ということですね。
そうですね。自己流で運動して身体を痛めてしまわないよう、定期的に医療機関に通って、プロに足や全身の状態をチェックしてもらうことをおすすめします。
今求められているのは「0次予防」。社会全体でワークプレイスの環境改善を
── 運動が大事だということはよく分かったのですが、それでもついサボってしまうんですよね‥‥。
その気持ちは、とてもよく分かりますよ。むしろ、ほとんどの方がそうではないかと思います。
もちろん、一人ひとりが健康を意識し、身体を動かす努力をすることは必要です。でも、私はそれだけでは足りないと考えているんですよ。
── と言いますと‥‥?
これからは、在宅勤務が一般的な働き方のひとつになってきます。従業員を雇う企業が、ワーカーの健康を維持できるような環境を積極的に整えていく必要があると思うんです。
例えば、従業員がストレッチや軽い運動ができるエリアを、オフィス内につくったり。在宅勤務で姿勢が崩れてしまわないように、チェアの購入補助を出したり。企業だけでなく、たとえばコワーキングスペースのような場所にも、ちゃんとした家具を入れるべきですね。
そうやって、働く場を提供する側が良い環境を整えないと、「働くこと=健康を害する活動」になってしまう。これは、なんとしても防がなければならない事態です。
── つまり、個人の意識を変えるだけでは不十分で、「働く場所を提供する側」の努力があってこそだ、と。
はい、そのとおりです。
個人の意識や頑張りには、どうしても限界があります。なんらかの症状が出ていない状態で、「健康のために生活や働く環境を改善しろ」と言われても、実行に移せる人はそういませんよね。
一方、日々何気なく働いている環境自体が改善されれば、個人が特別な努力をしなくても、健康状態は自ずとよくなっていくんです。
公衆衛生学では、こうした取り組みを「0次予防」と呼んでいます。
── 「0次予防」ですか。はじめて耳にする言葉です。
「1次予防」は、食生活を見直したり運動をしたり、といったアクションを起こすこと。
「2次予防」は、病気を早期発見、治療すること。
「3次予防」は、病気の悪化や、合併症などを防ぐことを指します。
「0次予防」は、それらの前の段階で病気を防ぐこと。今、医療界で大きな注目を集めている領域です。
医療の現場でたくさんの患者さんを診ていると、個人の意識というよりも、環境に問題があって体に不調が起きている人が非常に多いんですよね。特に、1日の大半を仕事にあてている現代社会では、働く環境を通じた健康改善が急務です。
── 確かに、いつも通り働きながら健康になれるのなら、ワーカーとしてもありがたい限りですね。
もちろん、雇用主である企業にも、ちゃんとメリットはありますよ。
ある調査によれば、健康経営に力を入れて取り組んでいる企業のほうが、業績が伸びる傾向にありました。つまり、企業の中長期的な成長を目指すのであれば、従業員の健康というのは非常に重要なポイントなんです。
これからの健康経営のポイントは、「自律支援」と「人がつながる仕組みづくり」
── アフターコロナの健康経営、企業はどんな点に着目すべきだと思いますか?
在宅勤務がスタンダードな働き方になると仮定すると、健康経営のポイントは、主に2つあると思います。ここからは、身体だけでなく、心についてもフォーカスしてお話していきますね。
ひとつは、従業員の自律を支援すること。従業員一人ひとりが自身の健康について能動的に考えられるよう促す、ということです。具体的な方法はさまざまですが、例えば健康に関する情報を積極的に発信するのも、ひとつの手でしょう。
そしてもうひとつのポイントは、人と人とのつながりを大切にすること。良好な人間関係が健康にいい影響を与えることは、医学的にも証明されています。人や社会とのつながり方が、寿命にまで関係すると言われるほどです。
例えば、国内で行われたある大規模な実験では、毎週ひとりで運動する習慣がある人と、月に1回だけ誰かと一緒に運動する人とでは、後者のほうが長生きするというデータが出たんですよ。
── へぇ…!興味深い結果ですね。
意外にも、日頃から頑張って運動するより、たまに誰かと一緒に身体を動かすほうが、健康にはいい影響があるようです。
このように、人と人がつながることには大きなメリットがありますが、在宅勤務が続くとどうしても関係が希薄になりがち。今後は、人とのつながりが弱くなることでメンタル不調が起こって、仕事へのモチベーションが下がる人も増えてくるのではないかと思います。
── 企業からしてみれば、在宅勤務が増えると、従業員の健康状態に目が届きにくくなりますよね。その課題については、どのように対策したらいいでしょうか?
特にメンタルの不調はわかりにくいので、注意深く観察する必要がありますね。例えば、業務上の会議とは別で、上司が部下と毎週定期的にWEB面談をするとか。心身の健康について気軽に相談できる窓口を設ける、というのも有効な手段でしょう。
ただ、これらはあくまで“管理”であって、根本的な問題解決にはならないんです。人とのつながり、つまり、従来オフィスで無意識にやっていたコミュニケーションこそが大事なので、失われた分をカバーしなければなりません。
コロナ対策を十分に行ったうえで、定期的に少人数ずつ出勤して顔を合わせるようにしたり、社内イベントを開催するのも効果的です。各社で工夫して、従業員みんなが健康な心身を維持できる仕組みをつくっていってほしいですね。
── 今日からでも取り入れられる、簡単な健康経営アクションがあれば教えてください!
ウォーキングミーティングなんかは、オススメですね。名前のとおり、外を歩きながら1on1で話すんです。これは本当にいいことだらけで、運動不足を解消できるのはもちろん、外に出て気持ちをリフレッシュできるし、会話が盛り上がって社員の本音を引き出しやすくなりますよ。
「健康経営」と言うと、ずいぶん大げさに聞こえるかもしれませんが、まずは簡単なことから始めればいいんです。在宅勤務が増えて、運動不足が深刻化している今だからこそ、ぜひ意識を高めてもらいたい。従業員の努力だけに任せず、企業もその必要性をしっかりと認識してもらえたら、と考えています。
そして、一人でも多くの方が健やかに働ける社会になってほしい、と願っています。
── 社会全体が一丸となって、みんなが健やかに前向きに働ける世の中をつくっていきたいですね。今日は貴重なお話を聞かせていただき、ありがとうございました!
(執筆:中島 香菜/編集:澤木 香織/写真:森田 剛史)
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岡部 大地(おかべ だいち)
「予防医療で痛まない社会をつくる」ことをミッションに、2017年に株式会社ジャパンヘルスケアを設立。3DセンサとAIで歩き方を診断する歩行指導システム「MIRROR WALK(ミラーウォーク)」や、スマホから簡単につくれるオーダーメイドインソール「HOCOH(ホコウ)」の開発・販売を行う。
産業医としても活動し、企業の健康経営をサポート。また、アジアで数少ない足専門病院で足の専門医として、日々色々な方の足の悩みに向き合っている。
▼オーダーメイドのインソール「HOCOH(ホコウ)」は、靴に入れるだけで歩きながら自然と足を矯正し、姿勢や歩き方を根本から変えることができる。植物由来の樹脂を使用し、環境にも配慮しているのが特徴。