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夏が終われば

いつからだろうか。この縁側がこれほどまでに静かになったのは。
ここで子供たちが花火ではしゃぐ姿を眺めていれば、セミやコオロギがやかましい声が聞こえた。この年になってもいまだにその光景がまぶたに浮かぶが、それらの声だけは聞こえない。
幼かった子が独り立ち、孫を連れて帰ってきたときには喜びが胸をうつものの、あの煩わしかったものすべてが、いまや遠く、遠くのように感じられる。


「なあ親父、一緒に暮らさないか。部屋も余っているんだ。子供達だって懐いてるじゃないか」

そういうもんじゃない。そういうもんじゃないんだ。
「まったく、頑固なんだから」
あいつが聞いていたら、きっとこんなことを言うだろう。置いて言って構わないって、そんなことを平気で言うに違いない。


この家に特別な愛着を持っているわけじゃない。古くさくって、すき間風が好き勝手にくつろぐ家を誰が好き好んで暮らしているというのだ。
人生の盛りを過ぎて、あと死を待つのみの老いぼれに残されたものは思い出だけだ。
衰えていく心身を引きずり、新しいものを受け入れる余裕なぞありゃしない。
ただ、わがままを言えば、輝かしい生命がもたらすあの喧騒をもう一度聞きたい。



ご清覧ありがとうございました。

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