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恐縮ですが育児中! 〈番外篇〉 貯金


人間というものは一度スピードに慣れてしまうと、今までは平気だった待ち時間がずいぶん長く感じられてしまうものだ。

エレベータのドアが閉まるまでのわずかな時間が待てなくて「閉」ボタンを連打してしまうせっかちなアナタや、映画の最初にライオンだの自由の女神だの地球だのといった画面が出ただけで心の中でスキップボタンを連打してしまうこらえ性のないアナタなら、この気持ちわかっていただけるだろう。

当方もCDやDVDのローディングというものが待てない。スロットに差し込んでからシュルルル……と円盤が回転し始めるまで、微妙に待たされるのがイラつく。

先日もCDをノートパソコンのスロットに挿し込んだら、カコカコカコ……と奇妙な音を立てて、一向に画面表示されない。

ずいぶん待たせやがるな?と例によってイラつき始めたら、ジー・カチャッ!と、やけに爽やかな音を立ててディスクが排出されてしまった。

「またそういう冗談を」とボヤきながら再び挿してみたが、またしてもカタカタ待たされた後、ジー・カチャ!とCDは吐き出されてしまう。

ディスクが汚れていたか?とレーザー面に息吹きかけてキュッキュ拭いてみても、結果は同じだ。レンズの汚れか?そもそもシステムのエラーか?と、さんざん原因を追求したがわからない。

これは修理だな、トホホ……とあきらめかけた時、筐体の内部から「カラリ」と音がした。

おや? 中に何か、いる……?

ある日とつぜん音が出なくなったオーディオ・アンプの筐体を開けてみたら、中に「ゴで始まる虫」の死骸がごっそり詰まっていた……そんな都市伝説が脳裏をよぎる。

文房具入れからクリップを取り出し、針金状に伸ばす。先を釣り針のように曲げ、スロットに差し込む。内部の構造を思い浮かべながら、指先の微妙な感覚でスロットの内側を探っていく。イメージとしては熟練の金庫破り。破ったことないけど。

そしたら「カラン」と音を立てて、出てきた。
10円玉3枚と5円玉1枚。

「ヒャッホーッ!35円の儲け!」と小踊りして喜んだ。そんなわけないだろう。「はあ……これが原因ですか……」と脱力してしまった。

そりゃあCDも動作しないはずだわな。硬貨を取り除いた後、あらためてディスクを挿れたら、あっさりと読み込めた。

しかし、なぜパソコンの中に小銭が?

硬貨をつまみ上げて不思議に思っていると、リビングルームの方から「チャリン」と音がした。

ん?

そっちの部屋に行ってみると、2歳の息子がじつに楽しそうに、どこから集めてきたのか小銭を握りしめ、1枚また1枚とDVDデッキのディスクトレイに無理やり押し込んでは、キャッキャッ喜んでいる姿があった。


ごん、お前だったのか。貯金してくれていたのは!


(2007.7.27)


※ 今や、映画も音楽もデータのやりとりも、ほとんどがオンラインで済むようになりました。「ディスク」をスロットに挿し込む機会じたい、激減しましたよね。これは14年前の育児生活のひとコマでした。


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