日本茶の魅力に没頭し、サラリーマンを辞めて4年が経ちました。
「昔と同じ品質のお茶を作っているのに、取引価格は半額以下」
「息子にはこんな苦労させたくないから、自分の代で終わりだと思っています」
今から4年ほど前。あるお茶の生産者のもとを訪ねた際に言われた言葉です。
当時は「やっぱりお茶業界ってあまり景気が良くないのかな…?」くらいにしか思っていませんでしたが、その後、何人もの茶業者から同じような話を聞かされていくうちに日本茶業界全体をとり巻く問題に意識を向けるようになり、自分がその問題を解決したいと思うようになりました。
お茶の仕事を始めて、今年でやっと4年目。
よく「お茶屋さんの息子さんなんですか?」「お茶農家の家系なんですか?」と聞かれるのですが、全然違うんです。僕はお茶文化の色濃いはずの名古屋で生まれ育ったものの、僕の実家では、急須すらありませんでした。
お茶を飲む機会といえば、スーパーで買ってきたティーバッグの麦茶か、外食の最後に出てくる無料のほうじ茶、それとペットボトルの緑茶くらい。
ただ、そこに違和感を抱いたこともなかったし、日本茶に対して美味い、不味いという気持ちすらありませんでした。
そんな僕が、日本茶のブランド「美濃加茂茶舗」で店長をするに至った経緯を少し紹介させてください。
僕が日本茶の魅力に気付かされたきっかけ
22歳。大学を卒業し新卒入社した会社はお茶とは全く関係のない営業職でした。妻はアルバイトをして、名古屋のアパートで暮らしていました。
そのときの妻のアルバイト先が、たまたま日本茶専門店だったんです。
そこで妻が家にも余った茶葉を持ち帰るようになり、「急須で淹れたお茶」を家の中で体験することになりました。これが本当に大きな衝撃でした。
美味しい茶葉を買って飲んでいるご家庭の人からすれば当たり前かもしれませんが、その時の僕にとっては「ペットボトルのお茶は飲んでいたけど、それとは全然違う!」「どうして今まで知らなかったんだっけ……」と、未知のうま味や香りに魅了されて、どんどんお茶のことが気になるようになりました。
当時はかなり忙しく仕事をしていたので、疲れた心身にお茶が沁みたのかもしれません。
余談ですが、良質な茶葉にはアミノ酸の一種の「テアニン」が多く含まれています。テアニンを摂取すると、人間がリラックスしている状態の脳に多く出現するα波が上昇するという結果も得られています(伊藤園の中央研究所の調査による)。
お茶の産地ごとに、味の違いがあることにも驚きました。よく考えてみれば、コーヒーやワインは○○産だから風味がどうだ、どこどこのワイナリーだから…という風に産地がブランド化しているし、自分もそのことは意識していたのに、日本茶に関しては産地のことも、味の違いも、ほとんど意識したことがなかった。
ですが、ある日の夕食後の妻が淹れてくれたお茶はいつも飲んでいたお茶と違って渋みが全くなく、まろやかなうま味のあるお茶だったのです。
(あれ?このお茶昨日飲んだお茶と全然違う…)
妻にその違いについて聞くと、いつも飲んでいた飲みやすいけど渋みもあるお茶は静岡産。この日に飲んだ渋みが少なくまろやかなうま味のお茶は京都産とのことでした。
このとき初めて、日本茶もコーヒーやワインと同じように、産地の違いによって素人でも分かるほど味や香りが変わることを実感できました。
それと同時に、なんで産地が違うと味や香りが変化するのか?ペットボトルのお茶と急須で淹れる茶葉って何が違うのか、と気になりはじめたきっかけでもありました。
日本茶専門店に就職
お茶への好奇心が高まっていき、自然と意識してお茶を飲むようになりました。そして、営業の仕事が忙しすぎたこと、ちゃんと暮らしを大切にしながら好きなことが出来る仕事をしたかったこともあり、妻の紹介でお茶屋さんに転職することに決めました。
お茶屋さんに転職をしたい、と申し出た僕に、お茶屋さんの社長からは「君がやりたいって言うならいいけど……本当にいいのか?」と言われました。そもそも、茶葉の販売も年々減少している中、僕が就職を希望しなければお店を閉じるつもりだったらしく、小さな子どもがいる20代男性が転職してくることは完全に想定外だったようです。
周囲からも「人生を考えてないのか?」「もっと成長産業にしなよ」「子どもも出来たばっかりで、独り身じゃないのに……」と、さんざん止められました。というか、ネガティブな反応しかなかったように思います。
中でも「家業を継ぐならまだしも、どうしてわざわざ外から……」という心配の声もありました。
けれど、今のお茶の世界を作っているのは、外の人だったりもするんです。スウェーデン人のブレケル・オスカルさんは、日本茶の苦味と味わいに魅了され、日本語を習得し、岐阜の大学に留学し、今はシングルオリジンの茶葉を広めるアイコニックな存在になっています。
アメリカ人のザック・マンガンさんも日本茶の魅力に惹かれ、日本各地の茶畑と2年かけて関係性を構築したそうです。福岡に茶葉の輸出会社を設立し、ブルックリンの『kettl』というお店でフレッシュな茶葉を提供。アメリカに日本茶の美味しさを伝えています。
しかし、実際中に入ってみると、なかなか理想通りにはいかないことばかりでした。
日本茶業界の厳しさを知る
会社の帳簿を見ていると、20〜30年ほど前までは高品質な茶葉が適切な価格でしっかりお買い求めいただいていたのですが、年々減少し、近年はすっかり萎んでしまい、売上もピーク時の2〜3割程という落ち込み具合。
僕が入社したお店と同じく、家族経営で地域密着型の町のお茶屋さんの多くは同じような経営状態だということを知りました。
というのも、昔はお歳暮やお中元、冠婚葬祭で高品質な茶葉を贈る文化があったものの、年々贈答品の文化も減少。(かつ、僕たちの世代にとっては、お中元やお歳暮といえばハムやビールのイメージが勝ってしまうのではないでしょうか?僕自身、お中元やお歳暮にお茶をいただいたことはない…。)
さらに「お茶はお葬式を想起させる」と避けられている現状もあり、少しショックでした。
そして1990年代以降。ペットボトルのお茶が普及するにつれて、高品質な茶葉の需要は減るばかり。
ここ15年の茶葉の取引価格の推移を調査した資料を見ても、高品質な一番茶の価格は需要の減少に伴いガクッと落ちていることが分かります。
また、ペットボトルのお茶の原料として使われる、三番茶・四番茶・秋冬(しゅうとう)番茶などの下級茶の生産が需要の拡大とともに増加していることも確認できます。
粉末茶や日常使いの安価なお茶には手軽に楽しめるという良さはあるものの、生産コストに対する売価が低い下級茶で得られる利益は、贈答用などの上級茶に比べると少なくなり、生産者にとっては決していい状況とは言えないのが茶業の現状です。
ただ、一概にペットボトルのお茶が悪いと思っているわけではありません。
自販機で買える缶コーヒーからバリスタが淹れるスペシャリティコーヒーまで、さまざまな選択肢があるように、日本茶にもシーンや気分によって飲み分ける楽しみの幅広さがあった方がおもしろい。むしろペットボトルのお茶があったからこそ、現代における「お茶を飲む」という文化の下地が作られたのかな、とも思います。
ただ、お茶農家さんたちは高いレベルの生産技術を持ちながらも、高品質な茶葉の需要の低下とともに取引価格も下落し、結果として茶畑を手放さざるを得ない現状がありました。
そんな状況に危機感を抱いていた僕は、感度の高い若い人たちに日本茶を知ってもらおう……と、小規模のクラウドファンディングの企画を立ち上げ、支援金で新しい商品を作り、見様見真似で会社のオンラインショップを立ち上げてSNSなどで告知していました。
するとポツリ、ポツリと茶葉が売れて、インターネット経由でお店に来店してくれるお客さんも現れるようになりました。
店舗でお茶会イベントを開催すれば県外からのお客様もいて、「やったぞ!」と手応えを感じていたものの、社長や勤続年数の長い従業員には評価されるどころか、「余計なことをするな」と怒られてしまいました。結局、オンラインショップも数ヶ月で閉鎖。
会社の業績が年々下がっている中で、どうして新規顧客を開拓しないのか?
というのも、一緒に働いていた人たちは、資産や土地があり、その運用でちゃんと生活していける。20代で資産もなく、小さな子どももいる…という僕個人と比べれば、危機的な状況ではありませんでした。
そんな状況で一人危機感を感じていても、出来ることすら出来なくなる。
そこで会社に勤める傍ら、いずれは独立できるよう、日本茶インストラクターの資格を取り、ワークショップや和菓子とのペアリングなどのお茶にまつわるイベントを企画したり、SNSやnoteなどで情報発信したりするようになりました。
このとき既に、いずれは会社を辞めてフリーランスの日本茶インストラクターになろうと心に決めていましたが、そのことを周囲に説明しても当然「???」という顔をされるわけで、お茶屋さんに転職した時以上に反対の声も沢山ありました。そして僕自身、ちゃんと子どもを養っていけるか不安な毎日を過ごしていて、これからどうやって生きていくべきかと真剣に思い悩んでいた時期でした。
そんな中、岐阜の東白川を拠点に茶師をされている田口雅士さんを訪ねたとき、
「20代でお茶の世界に入ってくる若者は本当に少ない。これは僕らの業界の大きな課題です。でも、君のように熱意を持って異業種から入ってきた若い人がちゃんと成功して欲しいし、それを見てさらに、若い人が増えていって欲しいんですよ」
こんな言葉をもらって、それが自分の中でとても嬉しかったし、日本茶で成功しなきゃいけない、という良いプレッシャーもかけてもらえました。
でもちゃんと成功するためには、僕個人に出来ることは限られていました。美味しい茶葉にどれだけ詳しくなっていっても、それを広める術がありませんでした。各地の茶葉を細かく紹介するnoteも大量に書いていたものの、ちっとも「いいね」が付きません。
より多くの方に日本茶の魅力を伝えるには、デジタルマーケティングやSNSのノウハウをしっかり持った人たちと協業しなければならないと考えていた時期に「あらゆる領域にデジタルシフトを」というコンセプトを持った名古屋の会社IDENTITY主催のイベントに、アウェイながら参加してみました。そこで、代表の碇さんに声をかけていただき、近況についてあれこれ話してたら、「それだったら一緒にお茶事業やらない?」と言われ、「やりたいです!」と即答。
(後々聞いたら僕が個人でやってるInstagramがお茶一色すぎて気持ち悪かったから誘ったのだそう…。)
こうして、2019年の2月に岐阜の美濃加茂市に、美濃加茂茶舗の店舗を立ち上げることになりました。
IDENTITYの中には、SNSでしっかり発信力がある人や、デジタルマーケティングの専門家が何人もいました。そうした人たちが美濃加茂茶舗の情報を発信することで、しっかりと感度の高い人達に伝わっていく。そうすると次第に名古屋や東京でのイベントの出展オファーも相次ぎ、横の繋がりもどんどん増えていきました。
過去には、『森、道、市場2019』、雑誌VOGUE主催の「FASHION'S NIGHT OUT(FNO)」とコラボ開催した『246st MARKET』『LEXUS SUV CRAFTED MARCHE』など、あまり日本茶ブランドが出店しないようなイベントにも積極的に出店していきました。
どのイベントに出店しても「いつも飲んでるお茶とは全然違う!」「お茶にしては少し高いと思ったけど、飲んでみると納得できる!」と、新鮮さを持って受け入れてもらえました。
また、先日始めたAmazonでも新着ランキング1位(日本茶カテゴリ)を獲得し、多くの方に美味しい日本茶を楽しんでいただくきっかけを提供出来つつあると感じています。これも個人でやっていては、なかなか出来なかったことです。
ただ、IDENTITY代表の碇さんがこうしたnoteを書いていました。
碇さんは「インターネットしか出来ない」と書いているものの、僕にはそのインターネットを使いこなすことは難しい。
でもだからこそ、インターネットは頼りになる仲間に任せつつ、僕はお茶農家の方々と一緒に良いお茶を作ること、そして対面でお客さんにお茶を淹れて、その時間を楽しんでもらうことをぶらさずにやっていこうと改めて思いました。
日本茶の未来
美味しいだけじゃない本質的なものの良さと、果てしなく奥深い日本茶の魅力を伝えること。現代の暮らしに最適化された形でお茶の楽しみ方提案すること。
そのため、今後は店舗営業やイベント出店に加え、他ブランドやクリエイターと協業することで、今までにない新しい価値を生み出したり、良いものをより良い形で届けることを模索していきたいと思っています。
現在進行中のオリジナル茶器制作のプロジェクトでは、現代の暮らしや働き方のシーンに最適化された商品の開発をプロダクトデザイナーと一緒に作り上げている真っ最中。
「日本茶は淹れるのが手間」
「淹れ方がわからなくて敬遠してしまう...。」
そのプロジェクトでは、自宅やオフィスでなかなか自分で日本茶を淹れて楽しむことができないというハードルをうんと低くできるような製品を作っている真っ最中です。
当たり前のことですが、自分たちが今こうして美味しいお茶を商品にできるのは、生産者の方たちが一生懸命品質の高いお茶を作り続けてくださるからこそ。
そのため、美濃加茂茶舗では高品質茶葉を適正価格で販売することにこだわり続け必ず作り手に利益を還元することを常に意識しています。
もちろん、美濃加茂茶舗での茶葉の取引価格が上がることで解決できることは、茶業全体にとってはほんの小さなことかもしれません。
ですが、美濃加茂茶舗という日本茶ブランドが存在していることが茶業にとってプラスになり、事業の成長が茶業全体の発展に繋がっていることが我々の存在価値だと思っています。
繰り返しになりますが、僕は、産地や品種、栽培・製造方法、淹れ方の違いによって同じお茶とは思えないほど味や香りが変化する日本茶の多様性と奥深さに魅了されました。
茶業に携わるようになってから4年が経ってもまだまだ分からないことだらけ(むしろ分からないことが増えているようにも思えるほど)。
茶業に携わるようになり、常に新しい製法を模索するお茶作りが大好きな茶農家さんや、全国を旅しながら自分にしかできない表現でお茶の魅力を伝える活動をしている淹れ手の方など、魅力的な方に沢山出会いました。
自分も含めまだまだ日本茶で遊び足りない人たちがたくさんいます。
茶業をもっと元気にして、お茶本来の多様性を存分に発揮して新しい価値や楽しみ方を創造できる世界にしたい。
そして、「仕事疲れた、ビール飲みたいな!」とか「今日はカラオケに行こう!」という気分転換があるように、「今日は疲れたから、美味しいお茶を淹れて飲みたいな」と、日常の延長に体と心を癒す良質なお茶を気軽に楽しめる日々を作るのが僕が実現したい日本茶の未来です。
美濃加茂茶舗の店長に就任してからもうすぐ1年。
自分の至らなさを痛感することも多いですが、美濃加茂茶舗が新たな発想やアイデアで茶業を盛り上げていく存在になるため、今年はさらに大きなチャレンジをしていきたいと考えています。
茶業者になろうとしたとき何度も周囲からは心配され、止められもしましたが、今は美濃加茂茶舗の店長になり、微力ながらいろんな方に日本茶の美味しさを伝えることができるようになった。
※2020年に株式会社 IDENTITYより独立し、株式会社 茶淹を設立
お茶を淹れる度に「本当に美味しい、日本茶を好きになって良かった」と心からそう思えるのだから、必ず今よりもっと良い茶業にしていけると確信しているし、日本茶にはそれほどの力があると信じています。
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公式LINEでの個別・相談質問サービス
美濃加茂茶舗では、商品に関するお問い合わせを多くいただいており、お客様の商品に関する疑問点やお茶を選ぶ際の不安点を少しでも解消したいとの思いから、先日より、美濃加茂茶舗公式LINEでの個別・相談質問サービスを開始しました。
このような形で日本茶インストラクターによるお茶の淹れ方、選び方、オススメ商品などを直接個別にご案内をさせていただきます。
また、ご登録いただいた方全員に美濃加茂茶舗のオンラインストアご利用いただけるクーポンコードを配信しています。ぜひお受け取りください。
▼美濃加茂茶舗公式LINE
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最後まで読んで頂きましてありがとうございました!