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モーモーパニック【ショートショート】

 最後に入店したのは、もう何年前のことだろう?

 フロアに流れる電子音。コインを投入したり、メダルの落ちる音。UFOキャッチャーのアーム移動音。格闘ゲームのレバーを操り、ボタンを連打する音。

 世代や機種は違えど、この何とも雑多な音の空間は変わっていない。

 おれは今、なぜかゲームセンターにいる。

 一緒に芝居を見る約束をしていた友人から先ほど、少し遅れると連絡があった。仕方なく、おれは喫茶店でコーヒーでも啜りながら待とうと街を歩いていると、このゲームセンターがあった。

 今日は土曜日ということもあり、制服姿の学生や若いカップルの姿も多く見受けられる。一つのゲームを一日中やり込むゲーマーもいれば、暇つぶしにふらっと入っては何分かすると出ていく人もいる。店内の人の入れ替わりは激しく、人の細胞よりも遥かに速くゲームセンターは常に生まれ変わっていく。

 十代の頃、おれはゲームセンターに通い詰めていた。毎日といっていいだろう。大抵のゲーム機をプレイしてはハイスコアを更新したり、ゲームの対戦では負け知らずだったことから、当時は『英雄』の称号を与えられて、その界隈では一目置かれてもいた。しかし、あらゆるゲームをやり尽くしてしまったおれは、ゲームセンターを引退したのだ。

 そんな中、ゲームセンターの一角におれの知らないゲームがあった。

『モーモーパニック』

 なんだ、それは? 

 ランダムに飛び出すワニの頭をハンマーでたたくやつなら知ってる。あれとは違うのだろうか?

 結構、人が並んでいるみたいだ。ということは流行っているゲームなのか?

 それにしてもそのゲーム機の形というか空間が不思議だった。

 およそ、六畳分ほどのスペースの長方形のボックス内でプレイするらしい。ボックスの正面には、牛の頭がついていて、時折、「モー」と鳴いた。おそらく中のプレイヤーのゲームスタートの合図と思われるが、外からは中の様子がまったく見えない。ボックスの後ろには牛の尻尾がぶら下がっており、お金を入れてそれを引っ張ると扉が開き、プレイ空間に入れるらしい。

 おれはこの謎の多いゲーム機に興味を持ち始めていた。気づいたら列へと並び、順番待ちをしていた。

 待っている間、気づいたことが二つあった。

 このゲーム機の外観がほとんど肉牛のフォルムなのだが、一度だけ、白と黒のホルスタインカラーに変化したのだ。そして、その時に周囲の客から拍手が送られたこと。

 もうひとつは、プレイ後の客が全員、汗をかいて、息を切らしていたということだ。

 もしかしたら、体力を消耗するようなゲームなのかもしれないと考えていると、おれの番にまわってきた。 

 プレイ料金千円というのにも驚いたが、おれはこのゲーム機の全貌を知りたくなっていた。

 尻尾を引っ張り、中へと入ると、扉がしまった。薄暗い室内でおれの顔に何かが当たった。反射的に手で弾くと、室内に明かりがついた。

「何だ、ここは……?」

 天井から紐が垂れ下がっていて、その先には形のばらばらなタイルのようなものがぶらさがっていた。

「モーモーパニックへようこそ! ぼくの名前はモー太だも〜」

 正面にはモニターがあり、牛のキャラクターが映っていた。おそらく、彼がモー太なのだろう。

「最初のステージは、肉牛ステージだも〜! ぶらさがっている部位のピースを側面にある牛の体に正しくはめ込んでいくも〜。制限時間は五分。準備はも〜いいかい?」

 横を振り向くと壁面に牛の体が映し出されている。頭と足には色がついているが、真ん中部分はぽっかりと空いていた。部位のパズルゲームということらしい。正直、拍子抜けしてしまった。だが、せっかくだからクリアしようと思った。

「いつでも大丈夫だも〜」

「それじゃあ、いくよ。食べられる前に食べてやる!」

 モー太の合図と同時に突然、床が動き出した。おれはあっという間に正面の壁に激突した。なるほど。このランニングマシンのような床の上でパズルを完成させなくてはならないらしい。

 おれは逆向きに走り出して、手前のピースをとった。「スネ」と書かれていた。名前が書いてあるならある程度予測はしやすい。逆走して、牛の体のほうへと走っているといきなり加速して、後ろの壁に激突した。進行方向が逆転したらしい。これは、なかなか意地の悪いゲームだ。なんとかイレギュラーに変化する床に対応しながらも、おれは牛の体に部位をはめ込んでいった。

「スネ」「ロース」「バラ」「ランプ」「モモ」「ヒレ」

 焼肉店で提供される部位のように細かく分類されていなかったこともあり、なんとか体が埋まっていく。そして、最後の「サーロイン」をはめこんだ。が、床の運動は止まらないし。タイマーも動き続けていた。

「な、なんで」

 体はすでに埋まっていた。おれはモー太のほうを見てみた。

「あと、残り三十秒だも〜」

 モー太が急かすように舌を出してきやがる。馬鹿にしやがって。ん……舌。

「タン」だ。残り、一ピースだ。

 しかし、垂れ下がっているピースはもうない。おれは、顔に当たって手で弾いたことに気がついた。

 床の隅を見てみると、小さなピースが移動している。

 おれは体勢を整えながら、転んでは起き、床が逆流すれば壁に激突を繰り返しながらも最後のピースをつかんだ。

 急いで、牛の顔にはめこむと床の動きは減速しだして、停止した。

 残り二秒だった。

「ステージクリアー。クリアボーナスはカルビ弁当だも〜」

 だいぶ息が上がっている。

「これからのためにスタミナをつけといたほうがいいも~」

「大丈夫だ、次いこう」

「わかったも~。次のステージは、乳牛ステージだも~」

 モー太の声で天井が変化した。手が届くほどにたわんでピンク色に変化した。

「このステージは、乳牛だけに乳しぼりをしてもらうも~。天井から乳頭がでてくるのをしぼるも~。乳頭に紛れて、ほかのものがでてくるからそれに触れてしまうと減点されるも~。たまにでてくる金の乳頭をしぼれば高得点だも~。
 ちなみに絞り方によっても得点は変わってくるから乱暴にするなも~。制限時間は五分。得点が一〇〇〇〇点を超えればクリアだも~。準備はも~いいかい?」

「いいぞ」

「それじゃあ、いくも~。知恵を絞って乳を搾るも~」

 このゲーム開発者のユーモアは本当にひどい。

 乳袋のような天井から乳頭がでてきた。おれは思いっ切り掴んだ。「も~」という声がきこえて、得点が入った。十点だった。これじゃあ、一〇〇〇〇点なんて無理だ。とにかく乳頭をひとつも取りこぼさないつもりでやらないと。おれの脇から何かが出てきて、反射的に握ると、それはちくわだった。

「しまった……」

「ウシシシシ」と声がきこえ、スコアはマイナス九〇点になってしまった。このゲームには俊敏性も正確性も必要のようだ。それから、慎重におれは得点を重ねていくが、一〇〇〇〇点にはほど遠い。乳頭を握ったときのモー太の表情が不満気なことに気がついた。そうだ。モー太が言っていた言葉を思い出した。搾り方だ。次に乳頭がでてきたときに、人差し指から順に握るように搾ってみた。「ももぉー」という明らかに今までとは違う声がきこえ、モー太の表情は気持ち良さそうだった。一〇〇点が加点された。それからは天井から次々と出てくる乳頭を確実に丁寧に搾っていった。途中、卒業証書を入れる筒のふたをスポンととってしまい、減点してしまったが、慌てないように心掛けた。

「あと、残り一分だも~」

 まずい。今のスコアはまだ七〇〇〇点だ。後半に入るにつれて、乳頭や偽物の出てくるスピードも、得点も伸び悩んでいる。まだ、金の乳頭はでてきてないから、このチャンスは逃せない。金の乳頭がでてきた。ここまで乳を搾り続けてきたかいもあって、手ごたえはあった。得点は八八〇〇点だ。残り十秒だ。もう、選んでる暇はない。八秒。

 リレーバトンを掴んでしまった。得点は八五〇〇点だ。ウシシシ。落ち着け。五秒。おれは天井に集中した。おれは金色に輝く穴を見つけ、その下に移動した。一秒。最後くらい丁寧に搾ろう。おれは感覚だけでその乳頭を搾った。

 鳴き声はきこえない。駄目だったか?

 得点は一〇〇〇〇点だった。

「ゲームクリアー。クリアボーナスは搾りたて牛乳だも~」

「搾りたてって、裏に本物の牛でもいるのかい?」

 さすがに喉が渇いたおれは牛乳を飲んだ。こんなにうまい牛乳は初めてかもしれない。疑似体験とはいえ乳しぼりした後だからもしれない。

「次はいよいよファイナルステージだも~。棄権もできるけどどうするも~」

「ここまで来たらやるに決まっているだろう」

「わかったも~」

 モー太の声に反応し、ステージが変化する。なんとボックスがガラス張りに変化した。

 周囲はすごい人の山だった。防音のせいで声はきこえないが、すごい盛り上がりを見せている。

「最終ステージは、闘牛ステージだ」

 モー太の声が怒気をはらんでいるようだった。さっきまでのモー太ではないようだ。

「コロシアムへようこそ。勇敢なる戦士よ。このボックス内の壁は一面が九分割されている。つまり、六面で五四面。赤くなった面の向かい合う面からホログラムの闘牛が飛び出してくる。きみはそれをよけ続けて、五分後に立っていれば、完全クリアだ」

「一度も当たっては駄目なのか?」

「当たっても問題はないが、闘牛の種類は様々いてただではすまない。極力、よけるがいい。もし、倒れてしまって、十秒以内に立てなかったら強制終了とする。また、最終ステージに限り、モニター横のボタンを押せば、逃げることもできる」

「この観衆の前で逃げれるかよ」

 気持ちの昂ぶりは最高潮だった。血が沸騰しているみたいだ。あの頃の、十代の頃を思い出す。

「それじゃあ、いくぞ、マタドールよ」

 おれが立っている面が赤く光った。頭上を見ると獰猛な黒牛が突進してきた。間一髪でよける。ホログラムとはいえ、よける瞬間、牛の鼻息を感じた。前から牛が突っ込んでくる。今度は二頭同時だ。最終ステージだけあって展開が早い。今度は三頭同時だ。おれはなんとか壁を蹴って、牛をかわした。

 タイムを見る。まだ、三十秒しか経っていない。とても長い。

 ここで牛が三面から一等ずつ出てきた。一頭目をかわし、反転した勢いでもう一頭、ジャンプして三頭目をかわした。油断してしまった。ジャンプした頭上の面が赤く光っている。下をみたときにはもう遅く、牛の角がおれの体を貫いた。と同時に強烈な電気ショックを受けた。髪の毛が逆立ち、おれは地上にたたきつけられた。

 七……六……五……。

 カウントが耳に入って、朦朧とした意識のまま立ち上がった。

 さっきの牛はなんなんだ? ホログラムじゃないのか?

「さっき、きみと激突したのは雷牛だ」

 タイムを見ると、まだ三分もある。

 それからおれは何度も牛たちの攻撃を受け続けた。

 ある時は水に溺れ、ある時は服が燃えた、高速回転し、強烈な眠気に襲われ、そこを吹き飛ばされた。

 が、その度におれは立ち上がった。ギブアップなんてしない。

 気力だけで立っている。

 残り三十秒だ。

 おれはその場にふらふらと立っている。そして、おれは一切、赤く光る面を見ず、牛たちをよけた。

 格闘ゲームで培った闘争本能が。レーシングゲームで学んだ駆け引き。リズムゲームで培ったリズム感。おれは今、すべての力を余すことなく使っていた。

 不思議な感覚だった。もしかしたら、これがゾーンとよばれる境地なのかもしれない。

 タイムは残り三秒だ。前から牛の壁がせまってくる。おれは両手を広げる。

「勝った」

 牛たちはおれにぶつかる直前で姿を消した。

 大歓声がきこえる。スピーカーがオンになったのだろう。

「完全制覇おめでとう。商品の赤いマントをどうぞ」

 服はもうぼろぼろだった。

 おれはボックスの外へとでて、赤いマントを振り回すと、マントで体をつつみこんだ。

 出口へと続く花道は英雄の帰還にふさわしいものだった。

(了)

 読んでいただきありがとうございます。
 そるとばたあ@ことばの遊び人です。普段は400字のショートショートを中心にLIVE形式のnoteを書いています。
 今週末の土日にかけてはそちらをお休みにして、過去に書いた作品や未発表の作品をnoteにupしていきたいと思います。

 今日29日(日)は、DAY2 Sun Stage

 5本の作品をupします。
 このお話は、Sun Stageの2本目です。こんな時間になってしまいましたが、一時頃までに残り3本をupする予定なので、作風などの違い含めて自由に楽しんでもらえたらなと思います!
 

(↑Sun Stage①EGG ~浮遊移動式独立住居型万能椅子~【ショートショート】)


文章や物語ならではの、エンターテインメントに挑戦しています! 読んだ方をとにかくワクワクさせる言葉や、表現を探しています!